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記忘記 note/off note 2015-06-13



「篠田昌已 act 1987」(園田佐登志:制作)より


星の原っぱ

篠田昌已は路上の音楽家であった。天と地の中間に敷かれた一本の道。ひかりが溜まり、ざわめきが交錯する場所。23歳の篠田を誘った長谷川宣伝社のチンドンはまさに、その場所から奏でられた遥天の歌舞であった。蠱惑的な調べが失恋したばかりの心の傷口を綺麗に洗い清めてくれたのだろう、それからほどなくして篠田はチンドンマンとなり往来に立ち続けることになる。 言うまでもなく往来とは“怒りと響き”に満ち充ちた六道廻り、決して安寧のない世間のことである。チンドン稼業は文字通り、その道筋を楽器一つ身ひとつで「往来」するのである。奏でられた音楽は虐げられ惨めな世界を、ほんの一瞬にしろ至高の世界へと変える。宿業に縁どられた不自由な“生”を全き彼岸へと解放するのである。それが「路上の音楽」がもつ聖性だと思う。
往くも来るも勝手御無用。その地点こそが、篠田の音楽の原点なのではないか。篠田は路上へと仲間を誘った。一緒に演奏を始めたものもいるし、聴くだけにしてその場を立ち去ったものもいる、あろうことか「チンドン学」を講じるものまで各人各様のスタンスで、その誘いに応じたはずである。そして篠田はどの立場にも寛大だったと思う。生前、唯一残されたチンドン作品「東京チンドン」には、嬉々として口上を叙べたてる在りし日の江戸アケミの姿が記録されている。真摯に己に向き合うことで疲れ果てていたアケミを慮って、篠田が連れ出したのである。その経験によってアケミはふたたび活力を取り戻したと言う。その江戸アケミもそれから僅かして逝ってしまうのだが。
一期一会、出逢いと別れは連鎖して「コンポステラ」へと到る。篠田は中尾勘二、関島岳郎と共にヴィクトル・ハラ、江戸アケミら、死者のエーテルが作り出した「反射する道」を、星々が告げ報せる「1の知らせ」を道標に音楽の旅路についた。
1992年12月9日、道半ばで篠田昌已逝く。享年34歳。
それから一年半ほどした94年7月にぼくたちは「オフノート」を始めた。篠田が辿った道をさらにとおくへ行こうと歩き出した。現在、篠田がたおれた地点から、どれだけ進めたかはわからない。けれども、傍らにはいつも中尾勘二、関島岳郎はじめ篠田の仲間たちが居る。そうだ、ぼくたちはずっと「反射する道」を歩き続けている。篠田の“ひかり”のエーテルをいっぱいに感じながら。そして、その道の途中で音楽が始まったら、そこがどこでも「星の原っぱ」だ。
(旧稿再録)

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