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記忘記 note/off note 2019-02-14



2010年に綴った拙文です。「二〇世紀之大衆藝能」本シリーズに着手してすでに9年の時間が経過していますが、その成果は未だ5作を数えるのみです。茶色い戦争の向こう側に消えかかった記憶、大衆音楽が辿った軌跡、庶民あるがまままの実相を浮かび上がらせ定着させる作業にはまことに大きな困難が伴います。たったいまも庶民大衆の哀歓をつたえる歌声・呂律をふたたび甦らすべく戦前戦後の「民謡」集成(第一弾は津軽民謡)に着手していますが、屡々頓挫を余儀なくされる現状に切歯扼腕するばかりです。北前船がとおく在所に人と物を運搬し、同時に唄をも運んだ軌跡「水の道」をかならずわたしたちはルポルタージュし活写するでしょう。やがて「水の道」は海峡を渡り、対岸の「ポピュラー三国志」ヘと到る。そこで展開された「五族共和」「大東亜共栄圏」の夢まぼろし(悪夢を多分に含む)を政治プロパガンダではなく、庶民大衆の側から再考したいとねがっています。SPレコードの溝に記録された記憶を夢魔の彼方から現在に喚び起こすこと。そこに「歴史参加」の契機は存する、そう心に定めているのです。わたしたちはけっしてあきらめない、さらなる幻視行を継続するのみです。 2019.2.14

アンソロジー「二〇世紀之大衆藝能」のこと

いま、わたしは、友人たちと共に一九一〇〜三〇年代のSP音源をあつめた「二〇世紀之大衆藝能」というアンソロジーを計画中である。この企画は完結までに全三〇巻を要する厖大な記録となるだろう。おそらく、制作にかかわる時間は最低三年、あるいはそれ以上の歳月が必要となるかもしれない。けれども、縁あっていまも音楽制作に携わる者の一人としてこの仕事はかならず成し遂げるつもりだ。
二〇世紀のシュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)、烈しい動乱の季節をただひたすらに懸命に生きた人たちの哭き嗤い、その息吹を夢魔の彼方から再び甦えらせる営為。そのことをいままさに嵐の中を駆け抜けようとしている同時代の友人、その一人ひとりにつたえる作業。それこそが音楽によって多くの出遇いを果たし恩恵に浴した者がとうぜん、なすべき報恩の証しなのだ、そうおもっている。この文章をあらたな「長征」の前に措く。以下、無謀な計画、アンソロジー編纂に立ち至った内的動機のあらまし。
二〇世紀を括って戦争と革命の時代であったとよく言われる。また、世界的規模で未曾有の民族移動がおこなわれた時代でもあった。この国もけして例外ではなかっただろう。明治「御一新」以来、「脱亜入欧」を旗印に「富国強兵」の掛け声の下、ただひたすら「国益」「内需拡大」を至上目的として、戦争に明け暮れたのである。さらに西洋列強から押し寄せた近代化の波は、この国の産業、ことに生産手段に劇的な変化をもたらした。そしてその当為の結果として大衆は農村での生活を追われ、都市、あるいは国外へとさらわれるように追いやれていったのだった。この国の民衆もまた、「近代」というこれまでに経験したことがなかった時代の坩堝に無理矢理放り込まれ病葉のごとく翻弄されたのある。
この国の近代化は大衆に一体何をもたらしたのか? 「戦争」と「重税」そして「流亡」だけではなかったのか?? いまあらためて二〇世紀を振り返ってみるとき、そう思わずにはいられない。だとすれば、この時期の大衆はしんじつ、不幸だったのか???
けれども、視点を庶民大衆に移し替えてみるとき、別の位相が浮かび上がってくる。たしかに一面、二〇世紀とは「戦争の時代」であったが、同時にこの国に「大衆文化」が成立した時代でもあった。映画、新劇、オペレッタ、浪曲、ジンタ、唱歌、童謡、歌謡曲&大衆小説…、これらの大衆文化はすべて二〇世紀の産物である。就中、映画と並んで「大衆歌謡」の出現は庶民大衆の圧倒的支持をあつめたと言っていい。謂うまでもなく、そこには「蓄音機」というあらたなメディアが大きく介在していただろう。二〇世紀初頭に登場してから半世紀あまり。唄は世に連れ世は唄に連れ、蓄音機は時代を映して、ときに朗らかな歌声を、ときに昏いささやきを、ときに甘く淫らな旋律を奏でて「ベルエポック」「ジャズエイジ」、疾風怒濤の時代の記憶を記録しつけてきたのであった。わたしたちは一九一〇〜三〇年代のSP音源に刻まれた溝の裡にある、「もうひとつの歴史」を浮かび上がらせることを思い立った。そこにこそ、これまでにけして語られることがなかった庶民大衆、その豊穣な記憶の集積がかならずねむっていることと信じて。幸運にも戦前日本ジャズ研究の第一人者、瀬川昌久という大知識を水先案内人に得ることができた。そう、いまここに、浪曲のナショナリズム、その興亡の軌跡を、あるいは、ジャズのインターナショナリズム、驚くべき浸透力について、余すことなく語り尽くす端緒に着いたのである。わたしたちはきっと、記憶の底の底にふりつもる「歴史のオフノート」を鮮明に喚び起こすことによって、まったくあたらしい大衆藝能アンソロジーを編むことができるだろう。
神谷一義(TRUSH UP 転載 )

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