カートをみる マイページへログイン ご利用案内 お問い合せ お客様の声 サイトマップ
RSS
OFF NOTE CD NET SHOP
off note  DISC AKABANA  Katyusha MISORA RECORDS
〈オフノート/ディスク・アカバナー/華宙舎/ミソラレコード/邑楽舎〉CD通信販売
INFO
TEL 03-5660-6498   MAIL info@offnote.org 
[お支払方法]
郵便振替・銀行振込・代金引換・クレジットカード・コンビニ・電子決済
送料無料

記忘記 note/off note 2019-06-16


囚人(めしうど)たちの唄が聴こえる

『LIVE IN TOKYO / CASSIBER』、本作はユーロアヴァンロックの極北・カシーバーが篠田昌巳をゲストに迎えておこなった最初で最後となる東京公演の模様を収めたライブ(ディスク1)とそのリミックス(ディスク2)からなる二枚組アルバムである。「牢獄と外界の秘密交信」を意味するカシーバーを名乗り、ロックという表現手段(戦術)を自覚的に選び取ったかれらにとって、ヨーロッパは歴史と制度が重畳されたしたたかな〝桎梏〟として認識されただろう。ヨーロッパ地政の堅固な地表に孔を穿つこと。おそらく、70年代にイタリアで澎湃と興ったアウトノミアの変革運動との連携も企図されていたにちがいないが、かれらの獄中闘争はロックという過度的表現に投棄してさらに尖鋭的であり凶暴である。飢えとか渇きがもたらした〝自由になろうとする自由〟の欣求において。その意味でかれらが提唱する「テキストの多義性」とは、〝今日あるがままの世界〟をアジャストする眼光紙背を通す読解力であるとともに、〝蟻の一穴からでも抜け出してみせるさ〟という巌窟王・エドモンダンテスの気概と持続の意志でなくてはならない。人間存在の受苦・受難を覚醒と救済の契機へアウフヘーベンする生の弁証法。

かつて、わたしはこう呟き、こう綴った。

カシーバーの音楽は結成から三〇年以上経過したいまも烈しい衝迫力を些かも喪ってない。否むしろ時代閉塞の様相が極まった現在にこそ音像は鋭く突き刺さる。監視の目を潜り四方を阻む壁に力ずくでドリルする囚人(めしうど)達の音楽。牢獄と外界の秘密交信の電波は微弱であってはならない。渾身の音の力がここに。

1992年におこなわれた一度きりの東京公演はわたしの記憶に深い印象を刻みました。カシーバーが発信する〝牢獄と外界の秘密交信〟の電波に篠田昌巳の真に風のようなサックスが乗ったとき、昼夜拘束管理されつづける制度の囚人であるわたしたちの魂は「路上」へと運ばれ解放されたように感じたことでした。AT LASUT I AM FREE. 常に〝フリー〟を指標としてきたわたしたちの同時代音楽はここに何ものにも束縛されざる〝真の自由〟を獲得したのです。この凄まじくもなにかもの哀しい演奏を置き土産のようにして、公演後一月も経たない内に篠田昌巳は旅立ちました。たったいま、冥界と現世を結ぶ秘密交信の電波も微弱であってはならない、そう思い定めたところです。 2018.11.14

もし、1992年の東京公演が拙文通りだったとしても、カシーバーの〝自由への逃走(闘争)〟は、この国の囲い内のなかの現在にこそ十全に試行されねばならぬ。いま、監獄暮らしも〝住めば都〟と心得る囚人の国に、かれらの〝囚人(めしうど)たちの歌〟はどう響くか。おれにはこう聴こえる。かつてこの国の監獄社会を告げ知らせ自由を前触れた〝白鳥の歌〟を、いまおまえたちはどう作り換えて歌うのか。おまえたちはいつまで囚われたままでいるのか。おまえたちはしんじつ自由か、と。

…あきらめなされよあきらめなされ あきらめなさるが無事であろう私しゃ自由の動物だから あきらめきれぬとあきらめる」(あきらめ節・軟骨の人・添田唖蝉坊のうたえる)。 2019.6.16


コメント

[コメント記入欄はこちら]

コメントはまだありません。
名前:
URL:
コメント:
 

ページトップへ