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OFF NOTE CD NET SHOP 
off note  DISC AKABANA  Katyusha MISORA RECORDS
〈オフノート/ディスク・アカバナー/華宙舎/ミソラレコード/邑楽舎〉CD通信販売
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「OFF NOTE CD NET SHOP」は記憶を記録する「オフノート」とその関連レーベル「華宙舎」「ミソラレコード」「ディスクアカバナー」の通信販売専門店です。また、微力ながら音楽をとおして世界を結び、同時代の人とひとを繋ぐ「人間のネットワーク」づくりの一翼を担う音楽発信基地の役割を十全に果たしてまいります。畢竟、わたしたちが目指すものは「自立」と「共生」のテーマを雄渾に奏でる地球規模のオーケストラの創出。そして、実現すべき音楽の作風はすでにここに紹介する音楽作品一つひとつが何よりも雄弁に物語っています。

転型期を疾駆した哄笑の精神。いま、陋巷の淫楽を聴け。

OK-1 楽しき南洋/あきれたぼういずと川田義雄 [2CD] PICKUP

3,780円(税抜 3,500円)
あきれたぼういずと川田義雄の戦中音源を中心に編集した未覆刻音源集。ディスク1に川田義雄脱退後の「第二次あきれたぼういずの音源を中心に様々な時代の制約で改名を余儀なくされたあきれたぼういず改メ新興快速舞隊の音源を、ディスク2にはあきらたぼういず脱退後の川田義雄ソロワークに戦死した川田実弟・岡村龍の稀少音源を併録。いま明かされるもうひとつのぼういず伝説。監修:瀬川昌久 

OK-2 笑ふリズム/ナンジャラホワーズ  PICKUP

2,700円(税抜 2,500円)
幻のコミックバンド、ナンジャラホワーズ。その歩みはほとんど文献に残されていない。阿呆陀羅経を強烈にスィングさせたかれら独自の和製ジャイヴ・ミュージックはまさに圧倒的。戦前、タイヘイレコードに遺した10枚のSP音源に戦後、ミス妙子とそのグループ名義でリリースされた音源を加えたコンプリート・ナンジャラホワーズ的内容。まさに奇跡的覆刻。今甦る大衆藝能の至芸。監修:瀬川昌久

OK-3 ニッポンジャズ水滸伝 天之巻/V.A. [4CD]  PICKUP

5,400円(税抜 5,000円)
天の刻。つくりかえよ、とジャズは言った。「SP音源で綴る 二〇世紀之大衆藝能」シリーズ 第3弾。大正時代から昭和初年、ニッポンにおけるジャズ黎明期、群雄割拠したマイナーレーベル作品群から100曲厳選して4枚のCDに収録。 ジャズエイジたちの息吹を生々しく伝える画期的作品集。未だ知られざる大衆音楽裏面史が鮮やかに浮かび上がる。豪華108頁ブックレット付。監修:瀬川昌久

OK-4 ニッポンジャズ水滸伝 地之巻/V.A. [4CD]  PICKUP

5,400円(税抜 5,000円)
ジャズ。いま、この陋巷の淫楽を聴け。「ジャズ水滸伝」3部作第2弾。時刻は大正期。大阪の巷にジャズの歌声は沸き起こる。道頓堀の川面に映る赤い灯、青い灯に照らされながら、河合ダンス團・赤玉ジャズバンド・松竹和洋合奏團…、ジャズは旅する。やがて東京、巴里ムーランルーヂュ。時代を跋扈したジャズエイジ達の跫音が鮮やかに甦る。全102曲 豪華120頁ブックレット付。監修:瀬川昌久

アンソロジー「二〇世紀之大衆藝能」のこと



あきれたぼういず

いま、わたしは、友人たちと共に一九一〇〜三〇年代のSP音源をあつめた「二〇世紀之大衆藝能」というアンソロジーを計画中である。この企画は完結までに全三〇巻を要する厖大な記録となるだろう。おそらく、制作にかかわる時間は最低三年、あるいはそれ以上の歳月が必要となるかもしれない。けれども、縁あっていまも音楽制作に携わる者の一人としてこの仕事はかならず成し遂げるつもりだ。
二〇世紀のシュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)、烈しい動乱の季節をただひたすらに懸命に生きた人たちの哭き嗤い、その息吹を夢魔の彼方から再び甦えらせる営為。そのことをいままさに嵐の中を駆け抜けようとしている同時代の友人、その一人ひとりにつたえる作業。それこそが音楽によって多くの出遇いを果たし恩恵に浴した者がとうぜん、なすべき報恩の証しなのだ、そうおもっている。この文章をあらたな「長征」の前に措く。以下、無謀な計画、アンソロジー編纂に立ち至った内的動機のあらまし。

二〇世紀を括って戦争と革命の時代であったとよく言われる。また、世界的規模で未曾有の民族移動がおこなわれた時代でもあった。この国もけして例外ではなかっただろう。明治「御一新」以来、「脱亜入欧」を旗印に「富国強兵」の掛け声の下、ただひたすら「国益」「内需拡大」を至上目的として、戦争に明け暮れたのである。さらに西洋列強から押し寄せた近代化の波は、この国の産業、ことに生産手段に劇的な変化をもたらした。そしてその当為の結果として大衆は農村での生活を追われ、都市、あるいは国外へとさらわれるように追いやれていったのだった。この国の民衆もまた、「近代」というこれまでに経験したことがなかった時代の坩堝に無理矢理放り込まれ病葉のごとく翻弄されたのある。
この国の近代化は大衆に一体何をもたらしたのか? 「戦争」と「重税」そして「流亡」だけではなかったのか?? いまあらためて二〇世紀を振り返ってみるとき、そう思わずにはいられない。だとすれば、この時期の大衆はしんじつ、不幸だったのか???
けれども、視点を庶民大衆に移し替えてみるとき、別の位相が浮かび上がってくる。たしかに一面、二〇世紀とは「戦争の時代」であったが、同時にこの国に「大衆文化」が成立した時代でもあった。映画、新劇、オペレッタ、浪曲、ジンタ、唱歌、童謡、歌謡曲&大衆小説…、これらの大衆文化はすべて二〇世紀の産物である。就中、映画と並んで「大衆歌謡」の出現は庶民大衆の圧倒的支持をあつめたと言っていい。謂うまでもなく、そこには「蓄音機」というあらたなメディアが大きく介在していただろう。二〇世紀初頭に登場してから半世紀あまり。唄は世に連れ世は唄に連れ、蓄音機は時代を映して、ときに朗らかな歌声を、ときに昏いささやきを、ときに甘く淫らな旋律を奏でて「ベルエポック」「ジャズエイジ」、疾風怒濤の時代の記憶を記録しつけてきたのであった。わたしたちは一九一〇〜三〇年代のSP音源に刻まれた溝の裡にある、「もうひとつの歴史」を浮かび上がらせることを思い立った。そこにこそ、これまでにけして語られることがなかった庶民大衆、その豊穣な記憶の集積がかならずねむっていることと信じて。幸運にも戦前日本ジャズ研究の第一人者、瀬川昌久という大知識を水先案内人に得ることができた。そう、いまここに、浪曲のナショナリズム、その興亡の軌跡を、あるいは、ジャズのインターナショナリズム、驚くべき浸透力について、余すことなく語り尽くす端緒に着いたのである。わたしたちはきっと、記憶の底の底にふりつもる「歴史のオフノート」を鮮明に喚び起こすことによって、まったくあたらしい大衆藝能アンソロジーを編むことができるだろう。
 
神谷一義(TRUSH UP 転載 )