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〈オフノート/ディスク・アカバナー/華宙舎/ミソラレコード/邑楽舎〉CD通信販売
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記忘記 note/off note 2017-03-24



2011年2月、『トラッシュアップ』に寄稿した旧稿です。前年より、わたしはジャズ評論家・瀬川昌久先生を司令塔とする世代を超えた老壮青三結合の縦断戦線、オフノート別働隊たる華宙舎に拠ってシリーズ「SPで綴る 二〇世紀之大衆藝能」の企画制作に寧日なく暮らしていましたが、本稿執筆はその第二弾、ナンセンスコーラスの系譜②『笑ふリズム / ナンジャラホワーズ』リリース直後にあたっていたと記憶しています。この一月後にあの「震災」は起り、東北地方に甚大な被害をもたらしました。東北で被災された方々が経験された塗炭の苦しみの万分の一にもおよびませんが、わたしたちもまた苦心作『笑ふリズム』が発売間もなく倉庫に眠ったままデッドストックになるという経済的打撃を被り、往年の大衆芸能を現在に喚び覚ます「温故知新」の検証作業は頓挫を余儀なくされたのでした。そして、この会心作もついに大きな話題とはなりませんでした。自然の猛威の前で人間のチカラがいかに無力に等しいかをあらためて思い知らされ、ただただ茫然自失したものです。いま、あの「震災」からすでに6年の歳月が流れましたが、その間に『笑ふリズム』は地道に売れつづけ、いつのまにか初回プレスを売り尽くし、現在品切れ状態です。音楽をビジネスと捉え、ヒットチャートを至上の目的としてしているギョーカイの方々にとっては実に取るに足らぬ些々たるエピソードでしょうが、永らく打ちつづく音楽不況のただ中にあって、ほとんど宣伝らしい宣伝もなく、大した話題にもならなかった未知の音楽が人々につたわってゆく現象はやはり未来を照らす明るい「兆し」であるはずです。小さな湧水も様々な障害に出会い・揉まれ・流れてゆく中で、やがて巌も砕く奔流となって大海へ注ぎ込む。同様に人の営みもまた実にささやかではありますが、日々の積み重ねによってきっと大事を為すのでしょう。たとえ、いまは微力で「小さき者」であったとしても。わたしは「音の力」を信じます。平凡の偉大さ、凡愚の一徹を信じます。これからもわたしたちの試行はつづきます、生あるかぎり。そう、「命限り有り惜しむべからず」の心意気で。

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夢見るちからーあきれたぼういずとナンジャラホワーズの「戦争」


 本誌前々号で予告したアンソロジー「SPで綴る 二〇世紀之大衆藝能」の第一弾、『樂しき南洋/あきれたぼういずと川田義雄』を昨2009年10月に世に送ることができた。往年を知るオールド世代はもちろん、「あきれたぼういず?」という若い世代の方々からの好評も得、反応は上々だ。

 あきれたぼういずと川田義雄、本作は両者が主に戦時中に遺した音源に照明を当てて一巻二枚組のアルバムに構成したものである。本作を一聴して印象に残ったことは、戦時下という思想・表現にとって最も困難な時代にあって、あきれたぼういずも川田義雄も自らの表現を貫徹するべく大健闘していることだ。浅草育ちのボードヴィリアンとしての矜持を些かも崩さず、諧謔と批評精神を全うしようと悪戦苦闘している。ときに時局に応じる素振りをみせたり、応じる振りをして皮肉まじりに時局を裏返してみたり。この時期の彼らの音楽には自由な表現とそれを統制しようとする公権力との葛藤と相克の痕跡があちこちに認めることができる。内なる自由な表現と現実の思想統制の矛盾は、かれらの表現のなかに“アンビバレンス”として吹き出している。そして、その“アンビバレンス”こそがかれらの音楽により深い陰影を与えているのである。オリジナル・あきれたぼういずの音楽がもっていた底抜けの明朗さは、当時の聴衆のみならず、現在のわたしたちにとっても大きな魅力に満ち溢れているが、暗い時代相を映し取って描かれた「その後」のかれらの作品群には明暗がない混ざった複雑で不思議な誘引力を湛えているように感じられる。ともあれ、わたしたちが歴史に真摯に学ばなければならないことは、大衆芸能家たちの屈折しながらなお、節を曲げない叛骨精神だろう。時の流れに棹さして流されず、向こう岸へと悠々と押し渡るしたたかさとしなやかさこそを。いかなる困難のさなかにも人は夢を見る。否、困難であればあるほど、人は身を焦がし世界全体を灼き尽くすほどに、豊穣にさらにしたたかに。
 読者の皆さんはナンジャラホワ−ズというグループをご存じだろうか。おそらく皆無に等しいのではないか。名前くらいは知っていても、実際にその態様を知る人はほとんどいないだろう。メンバーはミス妙子、フランク富夫、ミス洋子、フランク正夫の男女4人。関西を拠点に活動、1940〜41年の2年間に10枚のSPレコードを遺している…。このグループに関するデータはせいぜいこれくらいでそのほかの詳細がまったく不明の謎のグループである。
 この拙稿を書いている直前にようやくこの未知のグループが遺した全音源を纏めた『笑ふリズム/ナンジャラホワーズ』の編集作業を終えたところだ。本作は『樂しき南洋』につづく「ナンセンスコーラスの系譜」第2弾である。だが、仕遂げ了えてなにがある。大きな達成感は、ない。編集作業を終えたいまも繰り返し自問している。ナンジャラホワーズ。わたしたちはしんじつ、この不世出のナンセンスコーラスの「実像」に迫り得たか、と。虚しい問いかけにちがいない。この一年間、わたしたちは八方手を尽くしてなにひとつ、このグループの素顔を知る重要な手がかりを見つけることができなかったのだから。まさに「藪の中」「忽然と消えた」、としか譬えようがない。歴史は依然、「茶色い戦争」を挿んで曇り硝子の向こうなのか…。
 だが、厳然と「声の記憶」はのこされた。いま、彼女たちの歌声を聴くとき、あきれた&川田と等しく、戦時統制下に「笑ふリズム」、自由な表現を貫徹していることに驚きを禁じ得ない。萬歳をベースに浪曲・義太夫・端唄・都々逸・民謡&歌謡曲・芝居口上・声色…、諸芸「吹き寄せ」にジャズコーラスを添えて畳み込む力量はまさに桁外れ。はるか70年前に阿呆陀羅経の極上リズムに乗ってスイングする和製ジャイヴ・ミュージックがすでにこの国に存在していたのである。
 謂うまでもなく、近代歌謡曲は舶来音楽・ジャズを父とし、浪曲を母に生まれた混血児である。これに準えると、洗練されたジャズコーラスを基本に舶来音楽を多く採り入れたあきれたぼういずは「ナンセンスコーラスの父」であり、この国独自の「謡」と「語りもの」をささっと料理して彩りよく並べる手際の良さが信条のナンジャラホワーズはさしづめ「ナンセンスコーラスの母」と呼べるかもしれない。いずれにしても彼女たちがのこしてくれた音源を耳にするとき、一縷の希望を現在と未来とに繋ぐことができる。ミス妙子、フランク富夫、ミス洋子、フランク正夫。たとえ、あの戦争が4人の人生を大きく変えたのだとしても。 
 あきれたぼういずとナンジャラホワーズ、彼らの音楽に刻印された「戦争」の記憶と「抵抗」の記録をぜひともお聴きいただきたい。


詳細&通販:http://www.offnote.org/SHOP/OK-1.html

記忘記 note/off note 2017-03-21



ONDO INFINITY 河内音頭∞ (3/19 梅田ムジカジャポニカ)無事終了

「ONDO INFINITY 河内音頭∞ 」(3/19 梅田ムジカジャポニカ)は盛況の内に無事終了いたしました。連休の最中にもかかわらず駆けつけてくださった満場のお客さま・踊り子さん、ご来場まことにありがとうございました。また、この自儘な企画に賛同し尽力下さった音頭取りさん、スタッフのみなさん、ほんとうにおつかれさまでした。ささやかな試みではありましたが当夜を新たな音頭創造へ向けての第一歩として今日よりはみんな仲良く着実に進んでゆけたらと願っています。かの毛沢東が愛した言葉に「星火燎原」という言葉があります。直訳すれば、蛍火のような小さな火でも曠野を焼き払うに能うの意で、最初は小さな力であっても成長し強大になればやがて誰の手にも負えなくなる、つまり一揆や革命の方程式を如実に示した譬えです。音頭関係者が永らく待ち望んだ三音会とつかさ会の再合流。いままさに音頭革命、一揆の狼煙はあがりました。いま・ここから、一人ひとりが「星火」の気概に炎えに燃え隊伍を整えてさらなる前進と飛躍を開始してまいりましょう。不肖わたくしも微力ながら精一杯精進しお手伝いさせていただく所存です。今後とも恊働・共闘、よろしくお願いいたします!

※画像はすべて河内の名花、踊り子・とび喜代さんのブログから無断拝借いたしました。何卒ご寛恕くさいますよう。

記忘記 note/off note 2017-03-18



VAL / 板谷博 ギルティ・フィジック(off note / on-6)


本作はいまは亡きトロンボーン奏者・板谷博のスタジオ録音によるリーダー作である。板谷さんは生涯「うた」ということに拘った人だった。ジャズのイディオムの中でいかに「うたう」か、板谷さんとの話題はいつもこの一点に終始したと言っていい。がしかし、コチコチのドイツイデオロギー的思考を嗜好していた板谷さんの「うた」の概念は頗る形式的で、わたしの耳には単に「フォーム」を指向しているとしか響かなかった。だからと言って、板谷博を単なる形式主義者として括ることはできない。セロニアスモンクを愛しローランドカークに痺れ、同世代の演奏家では林栄一、松風紘一に大きな共感を寄せていた板谷さん。ランダムに並べたこの四者に共通する属性は演奏の中に「うた」を自然に湧き立たせ溢れさせることができる自在性だろう。演奏家・板谷博がもっとも入手したかったのはこの泉のように滾々と湧き出る奔放な自在性だったにちがいない。にもかかわらず、全共闘世代の板谷さんはハタチの頃に染まった観念的思考をついに脱することができず、常に「うた」を概念的に捉えようとしただろう。わたしはそんな板谷さんの論調に烈しく苛立ち、不遜にも肚の中でこう呟いたことだった。あなたはご自身を正確に理解していないのだ、演奏家・板谷博の本領はガチガチの観念思考の内にはない、あなたの真価は類稀な轟音を闇雲に吹ききったときにこそあらわれるのだ、と。まさに然り。板谷さんの最大の魅力は「世界一バカでかい」と評されたあの豪快な吹きっぷりにある。この世間の評判をご本人は「馬鹿のマラ自慢みたいで厭だ」と嫌ったが、この評言の中にこそ板谷博が焦がれるほど希求した独自の「うた」の所在があったのだ、そう断言できる。つまり、演奏家・板谷博の中で「観念」を「肉体」が裏切り超克する身体の弁証法的ドラマが絶えず生起していたのである。そのことに板谷博が気付いていなかったはずはないが、本人の口からはついに聞きそびれてしまった。現在、生の演奏に接することができない以上、板谷博「うた」の在処を現認するには記録された演奏の中に探るしかないだろう。だが、残された演奏記録の内に自ずと回答は示されている。「理性」から「狂気」の間のダイナミクスをスライド一本で制御し、瞬間のインスピレーションをエモーションと共に吐き尽くす大きな息遣いの裡に板谷博が生涯追い求めた「うた」はかならず宿っているはずである。(2017.3.18)


記忘記 note/off note 2017-03-17



リライアブル・フィクション/へぼ詩人の蜂蜜酒(off note / on-2)

本作は『ウチナージンタ / 大工哲弘』に続くオフノート第二弾として95年に発売された。オフノート発足にあたっては、ある程度の運転資金をむりくり調達したもののわたしの僅かな蓄えなど、数アイテム制作するうちに泡のごとく瞬く間にきれいさっぱり消え失せてしまった。当時はデジタル前夜、アナログ機材でのスタジオワークは未だアマチュアのものではなかっただろう。アナログからデジタルへメディアが劇的に転換する過度期に制作された本作にも「時代相」はくっきりと刻印されているはずである。わたしの財布の中身を急激に擦り減らした本録音には個人的な感情も柵むが20年の歳月がすべてを濾過して、いまではいい思い出である。
時を隔ててわたしは本作の惹句を「けっしてヒットチャートには登場しないうひとつのポップス」と綴った。だが、この言い方はひどく安直で曖昧なもののように思える。翻って考えるに、「ポップス」がソングフォーマットの謂いでないとするなら、その本質は名辞通り「大衆」と共にあるからだ。そう、大衆の真情と身体に劇しくインスパイアしないかぎり「ポップス」とは呼べまい。そして、ヒットチャートとは大衆(大勢)の欲求を映す鏡として存するのだろう。かりそめにも「ポップス」を標榜するからには大衆の心に憑依し、瞬時に虜するデーモニッシュなマジックが求められて当然。しかし、本作であらわされた音楽は「ポップス」の与件を孕みながら現象としては未然のままであり、「批評音楽」に留まっているかのようだ。だからといって、本作を「ポップスではない」と切り棄てることもできないはずである。なぜなら、本作はアナログからデジタルの移行期に構想され、「大衆不在」の時代を予見した転型期の産物なのだから。ゆえに本作は制作から20年経ったいまも、巷にあふれる愚にもつかぬ痴言や稚語を並べたJ-POPや末梢神経だけをやたら刺激する偽ダンスミュージックの欺瞞と向き合ってひたすら凝視し続けるのだ。信なき神話時代の「たしかなおとぎばなし」「リアルな魔法」として。(2017.3.17)

記忘記 note/off note 2017-03-24




テキサス・アンダー・グラウンド/ストラーダ(OFF NOTE / ON-28)

日々の泡にまみれているとものみななべて記憶の底に埋没してゆく。本作もまたリリースしてすでに20年ちかくの歳月が経つことになるのか。思い起こせば本録音は東京郊外の小高い丘の上にあった音楽ホールを数日レンタルしておこなわれたがたぶん、ザバンドを敬愛してやまない桜井芳樹さんの提案だったようにおもう。無味乾燥なスタジオワークを嫌ったバンド一党は三作目となる『ステージフライト』(1970年)の録音を古い劇場に機材を持ち込んで臨んだが、おそらくそれに倣ったのではなかったか。
ストラーダは日頃からリハーサルを数多く重ねるバンドだったから録音は滞りなく順調に進んだだろう。全録音&編集が終わり、機材を撤収してホール前の駐車場でメンバーと立ち話をしていると、いまは亡き酔いどれトロンボーン吹き・大原裕さんが楽器を肩に担いで一人宵闇の坂を上ってくるではないか、それも些かアルコールを含んだ千鳥足で。当時、大原さんは友人たちのバンドに乱入する掟破りの蛮行を頻繁に重ねていたが、ストラーダの録音にもそれを敢行しようと目論んでいたものと思われる。だがすでに時遅し、大原さんが景気付けの一杯を呑んでるうちに録音はすべて終了していたという次第だ。よしんば、録音に間に合ったとしても、素面であったとしても大原さんに録音のチャンスはなかったはずだ。ストラーダの音楽はメンバー4人の間でよく練られた構築的な音楽だったから。その後、丘を下りて入ったラーメン屋で肩を落としてひたすらボヤく大原さんを皆で慰めたように記憶している。
だがいま思えば、大原さん自らがリーダーを務めていたいくつかのバンド、サイツはもちろんリブ!ラフ!やラ・ティエンダとストラーダの本格的な共演が実現していたら同時代音楽の新たな一方向を示せたかもしれない。それはグローバルな視座に裏打ちされた「世界音楽」としての大きな可能性だ。いま、大原さんはいない。けれども、思い出と共に大原さんが残してくれた音楽がある。だとしたら、まだ先へ進める。ストラーダの三作目もそろそろいい頃合いだろう。重い腰を上げねばならぬ。

記忘記 note/off note 2017-03-13



ドキュメント1989/ミュートビート [2CD] (off note / on-10)

本作はタイトル通り、1989年6月、ミュートービート充実の演奏を捉えた音響によるライブドキュメントである。ミュートビートはこの演奏から半年もしない同年暮に永い「休止」へ入ってしまうが、ここでの演奏は飽くまで力強く、重低音のリズムは魂を烈しく揺さぶり、二人のフロントは同時代のファンファーレを高らかに謳い上げる。本演奏が披露されてから28年、アルバムリリースからもすでに20年以上の歳月が経過している。
あまりに身近なエピソードで甚だ恐縮だが現在、高円寺円盤でこのアルバムがよく売れている。聞けば、ユーザーの多くがミュートビート現役の活動を知らない若い世代だという。もちろん、店主・田口史人さんの強力なプッシュと常日頃からの信用の賜だが、音楽が世代やジャンル、あらゆる枠組みを超えてつたわってゆくのはうれしい。魂のこもった音楽は普遍だ、けっして過去に埋没したりはしない、そう確信できる。同時代の「備忘録」としてこの音楽をあらゆる場所に響かせ、もっと多くの、一人びとりの心に届けたい。音像はきっと、ホワイトアウトした現在を映すバーチャルスクリーンを鋭く切り裂き、真っ赤な血汐を烈しく噴き出させるにちがいない。そう、何もかもままならぬ不自由な時代だからこそ、時代の基底をどよもすマグマのごとき大きな鼓動をつたえ、烈しく魂を衝迫するリアルな音楽を聴きたい、それだけをただひとえに念じ焦がれるのだ。(2017.3.13)

記忘記 note/off note 2017-03-04



ふいご(off note / on-63)

コンポステラでの篠田昌巳は残された時間と壮絶に格闘しなが力ずくで自らの音楽を創造していっただろう。その遺志と音楽を引き継ぐようにストラーダもフォトンも(そして、オドゥンも)あったとおもう。だが、ふいごはすこしちがう。篠田の遺志を地下水脈のように通わせているにはちがいないが、その景色はまるで異なるのだ(亡き篠田が片腕とも杖とも頼んだ中尾勘二、関島岳郎が参加しているにも関わらずである)。篠田が自らの音楽に渾身の一撃を込めたとしたら、ふいごの音楽はその力のかかり具合をスルリとかわす合気道的な「脱力」を指向する。人間、長く生きていりゃ、力こぶばっか作ってもいられまい。それに、少しばかり斜視でも前向いて歩くってのが大事だ。ポストコンポステラの鬼っ子たちは音の中でそう話しているように思えてならない。この音楽にある種のテンションが加われば鬼に金棒。


記忘記 note/off note 2017-02-24



島美らさ/古謝美佐子
SHIMAJURASA / KOJA MISAKO 
(Disc Akabana / ASCD-2002)

古謝美佐子さんとはじめてお会いしたのは1988年暮れだったか、当時知名定男さんがコザ・高原交差点そばで経営していた民謡スナック『島唄』でのことだ。本場の島うたが聴きたくて、わたしは友人4人と誘い合わせて沖縄を訪れたのだった。70年代、沖縄音楽は竹中労の孤軍奮闘により圧倒的質量で本土に紹介されたものの急速に忘れ去られ、この頃になると身近で沖縄島うたの魅力を語るものは皆無だった。本土から島うたを求めてやってきた酔狂な若者たちに活きのいいうたを聴かせてやろうという配慮だったろう。知名さんに電話で呼び出され、古謝美佐子さんは前川守賢さんと一緒にやって来た。ちなみに前川さんは通称ゲンちゃん、唄三絃はもちろん、作詞作曲、芝居、司会までこなす若手マルチタレントで地元メディアで絶大な人気を博していた。二人はわたしたちが何ものかもわからず、知名さんに促されるまま、数曲うたってくれた。「安波節」だったとおもう、古謝さんの一声を聴いただけでわたしたちはすっかり痺れてしまった。ファーストコンタクトのインパクトがネーネーズ結成にリンクしているのは紛れもない。このときを契機に、知名定男さんを中心にしたわたしたちの島うた運動は始動する。90年、ネーネーズ結成を画策し、ディスクアカバナーを立ち上げる。口はばったいが、ネーネーズはりんけんバンドと共に本土における「ウチナーポップ」ブームの火付け役になったといまでも自負している。記念すべき第一作『IKAWU』をリリースした瞬間、あっという間にネーネーズはわたしたちの手の届かぬところまで滑走していってしまっただろう。ネーネーズを取り巻く喧噪のなかでわたしはおもった、「ネーネーズもいい、けれど、古謝美佐子個人の唄をもっと聴いてみたい」と。そんなやむにやまれぬ想いで制作したのが本作である。現在、古謝さんは自身の類稀な唄者の可能性を見事に開花させ、琉球歌謡界にあって持ち前のカリスマを発揮し、大輪のごとく咲き誇っている。四半世紀前に制作された本作は大輪の片鱗は窺えるものの「習作」の域を脱してはいない。巷間、古謝さん本人が本作を「不満に思っている」と聞く。それはよく知っている。本人からも直接理由を聞いた。そう言えば、彼女は録音のときに風邪をひいていたな。当時、人間関係にも大きな葛藤があったようだ。録音テープは唄と一緒にそのときのコンディション不調のみならず、揺れる心情までプリントしてしまったのかもしれぬ。だがこれも一期一会、『島美らさ』このアルバムに刻印された唄の数々が出会いの音楽であることは疑い得ない。「童神」の神懸かり的絶唱は優しく心を包み烈しく魂を揺さぶる。だが、わたしはここに記録された春待つ蕾のような可憐な唄声を愛す。この唄声を聴くとき、いつでも「島うた運動」の初志に立返ることができるのだ。

記忘記 note/off note 2017-02-23



MUSIC FROM HEARTLAND VOL.1
桃源楽 trans- PARADISE MUSIC/吉育(off note / AurasiaAUR-9)

関島岳郎プロデュース作品。現在、栗コーダーカルテット等で海外公演も数多くこなし、世界を股にかける関島さんだが本作もまた、そのワールドワイドな視座に裏打ちされたカラフルな音楽に仕上がった。『風薫ル、ウタ いとしのオルティンドー/三枝彩子』『ガムランユンタ/大工哲弘』(リミックス担当)と本作の三作をわがオフノートにおける「関島岳郎 アジア三部作」と勝手に位置づけている。関島さんとは菲在の場所を舞台にしたアンビエントミュージックやペンタトニックを多用したアジア的ミニマル楽団とかさまざまな構想を話し合ったが未だ実現していない。だが、けっしてあきらめてはいない。近い将来、かならず実現してみせよう。

記忘記 note/off note 2015-06-22

初代桜川唯丸江州音頭通信講座「モノガタリ宇宙の会」のこと
一昨日20日、初代桜川唯丸江州音頭通信講座「モノガタリ宇宙の会」正式発足。第一回稽古&交流会無事終了。紆余曲折を経て参加者八名。まずはここからスタートだ。日々の課題克服と研鑽、月一回の初代唯丸師直接指導受講で江州音頭の奥義を究めていこうと誓い合う。そうすれば共に学ぶ仲間は自然に増えるはずだ。
そして昨日は初代桜川唯丸江州音頭講座会第二回公開講座。こちらも無事終了。満員御礼の前回に比べるとご参加いただいた数は少なかったが初代唯丸師の闘志に火が点き、熱弁に継ぐ熱弁、歌唱につぐ歌唱で充実した会となる。 音頭の現場を離れて二〇年以上、率爾ながら講座を通して初代唯丸師の声に付着した錆が取れて地金が見えてくるように感じる。否、むしろ年を重ねて声に深みを増した印象さえ受ける。往年の多彩な節廻しが戻ってくるまであともう一歩だ。
扨、近代歌謡曲の中で取り分け演歌のコブシは浪曲等語り物から多く援用されているが、演歌に馴染みのない若い世代にはコブシの記憶はほとんどないと言っていいだろう。音頭には音と音の運びの中に譜面に表せない情報が沢山含まれているから、それを読み取り、身体化するのは至難の業だろう。まして、江州音頭は河内音頭に数倍する相廻しを持つ難物だ。自身の身体を総動員して声を圧したり延ばしたり揺すったりして音と音の間に匿された情報を引き出し表せなければ音頭にはならない。当日サポートで参加した歌手小暮はなはおよそ演歌を知らない世代に属するだろう。だが、彼女が音頭の節を繰り返し復唱する内にまったく違う新しい節が現れてきたことは不思議だ。初代唯丸師はそれでいいと肯定する。
また、自分自身の節を持つことが大切だと訴える。一人ひとり体の構造が違うようにそれぞれの節の表し方があるはずだ。小暮はなはポルトガルでファドを習ってきたからそこで身につけたその勘を頼りに音頭からコブシの情報を独自に読み取ったのだろう。ここに再現性が備われば強い。芸能は大衆の記憶と身体の集合体だ。時と人、出会いに応じて刻一刻と変化する生き物であることをと深く実感する。
初代桜川唯丸師は音頭の節廻しは声を出している内に自然に身につくものだという。結局、最後は練習量だ。当たり前のことだが一日一時間声出し稽古する人よりは五時間する人の方が上達は早い。自らの五官を探る時間が長い人程、表現へ到る回路を逸早く繋げるのは自明だ。身体を辿る地道な反復運動の中に独自の節廻しは宿るだろう。