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記忘記 note/off note 2020-01-23


日々の泡

先日、脈絡なしで投稿したこの画像はつげ義春さんが1968年『ガロ』増刊号に発表した衝撃の作品「ねじ式」の一コマに援用した一枚だ。友人の森美千代さんの話では1950年代の台湾の風景写真だという。〝貸本屋と目医者が混在してておもしろい。「小説廉価貸し出」の看板。〟ふーむ。1950年代なら日本でも貸本屋は其処彼処にありけっして珍しいものではなかったはずだが、台湾と日本ではきっと棚の内容、品揃えもだいぶちがっていただろう。この写真が撮られたほぼ同じ頃(1950年代)、大阪で誕生した劇画は貸本文化の申し子だけれど、その劇画表現の極北に位置するつげ義春さんが代表作のなかでトレースした風景写真の一枚が1950年代台湾の目医者と貸本屋が混在する陋巷の路地とはなかなか興味深い。両者に通底する何かがあるのか、劇しく想像力をかきたてられる。そうそう、いま、台湾ではサブカルの一ジャンルとして、1960〜70年代の月刊漫画誌『ガロ』に着目している人たちが少なからずいるようだ。本件だけではなく、ほかにもたしかめてみたい記憶と記録の符合(割符といったほうが適切か)がいくつかある。会ってみたい人もいる。この画像を導入部にして『ねじ式』の少年のように断続する記憶の迷路を、路地から路地へと彷徨うのも一興。よし。近々行ってみるか、台湾へ。 2020.1.23

※森美千代さんが調べてくださり、この写真が王双全(1920-1978)さんという台南在住のアマチュア写真家の撮影であることが判明。撮影時期は1950年代ではなくて60年代初めのようだ。

記忘記 note/off note 2020-01-22


日々の泡

昨年9月、久々におこなったオムニバスライブ『都市のおとーコオロギのウタウタ、ウ 古藤只充×小暮はな』(東中野ポレポレ坐)は当日の動員数こそ若干寂しかったが、世代の異なる唄うたい二人の唄がそれぞれに強い印象を残す充実した内容となり、主催者としては大いに満足だ。従来の出演者多数によるめまぐるしいオムニバス形式の趣向を改めて出演者を二組に絞ってじっくりと唄に向き合えるようにしたのが功を奏したとおもう。が、何と言ってもいちばんうれしかったのはこのささやかな唄会のために、全国各地から遠路遥々駆けつけてくださった方が何人もいらしたことだ。日頃、居ながらにして何でも鑑賞できてしまう東京という場所の不毛さ(唄にとっての)を呪っていたわたしだが、こんな「手作り」なら悪くないなと感じ入った次第である。たとえすこしずつでもいいから「唄がある佇まい」を死滅しゆく風都市(かぜまち)の風景のなかに定着させ、反復する日常の連続のなかに束の間あらわれた蜃気楼かたまり場のように「be in 出会いの場」をくっきり・おぼろに浮き立たせていけたらとおもう。で、この小さな試みをあらたな「唄の生成」と「出会いの場」にするべく「定期」化しようと心に決めた。今後は昨年と同じスタイルで、毎回演者は二乃至三組くらい、できれば同じ会場(中植さん、よろしくお願いいたします)で継続していきたい。出演者は前回登場いただいた古藤只充さん(対馬)、小暮はなちゃんを含め、鈴木翁二さん、giingoo(北海道)、オクノ修さん、下村よう子ちゃん(京都)、いとうたかおさん、ツクモク(名古屋)、石垣勝治さん(沖縄)、田中亜矢さん(広島)等々、ご迷惑かもしれないが地方在住の新旧唄うたいにもお声をかけたいとおもっているのだが(むろん、東京の唄うたいにも)。録音も残そう(エンジニアは当然、アコースティックの職人・石崎信郎さん)。いつかはオムニバスアルバム『都市のおと』(10枚組くらいのボックスセットになってしまうのかな)にまとめて「おおきなうた」「大きな絵」を大空いっぱいに描き出してみたい。なるかならぬか、唄ひとつでどれだけの「出会い」ガ可能か、そして、都市(まち)の彩りがどれだけ変わってみえるか賭けてみよう。まずは隔月ペースで、春くらいからスタートします。本会へのみなさまの熱き声援と絶大なるご支援を切に乞うものです。 2020.1.22

記忘記 note/off note 2020-01-21


日々の泡

去年の年の瀬から倉庫をぼちぼち片付けているが、永らく「品切」状態だったアイテムが突然出てきたりしてなかなかたのしく、新鮮だ。倉庫のフロントは新譜とか売れ筋?の作品が占拠し、残部僅少アイテムは日陰の片隅に追いやられる身の宿命(さだめ)、ついでにわたしの記憶からも埋もれてしまって二重の不運を託つことになる。だからというわけではないけれども埋もれた作品に再会するたびにいとしさはつのり情けはしがらむ。で、いきおい、どこかこれらの旧譜を想いっきり取り上げてくれる雑誌はないものかしらんなどと虫のいいことを考えたりして。音楽業界全体が不況なら、音楽ジャーナリズムが振るわないのは自然の成り行き。音楽雑誌も従来の月刊を維持できなくなって、隔月になったり季刊になったり、年二回・年刊なんてものもあるくらいだから先行き見通しは暗い。そんな不遇を託っても当事者たちは、休刊や廃刊になって潰されるよりはなんぼかマシということなのだろうかなぁ、やっぱり(わが身に置き換えて身につまされる)。けれども、雑誌というのはどんな類いのものでも新しいネタを採り上げるのがタテマエになってるから、編集者としてはそこが辛いところ。いくら按配したっても隔月や季刊じゃまるで間尺で合わないもの。それに、早さだけを競えば兎と亀、ネット情報にはハナから敵いやしないんだからさ。それでも、いま音楽雑誌を継続しようとするなら、深く潜るしかあるまいよ、潜水艦みたいにさ。人々の記憶の底にねむってるものを浚ってピカピカに磨けば、そいつが出来立てのほやほやの「新譜」とか今朝採れ立ての「最新ニュース」じゃなくたって人々の興味を十分に惹くとおもうのたな。それに誰も知らなきゃ、新譜も旧譜もはちのあたまもありゃしないってんで、ここが思案のしどころよ。どなたかおひとついかが? 同時代の記憶を記録する音楽雑誌ってのを。その節はなにぶんよしなに。どうぞご贔屓・お引き立てのほどを。 2020.1.21

ご高評いただきました

『ミュージックマガジン』1月号に原田尊志さんによる新譜『真説じょんがら節ー甦る津軽放浪藝の記憶』(off note / Katyusha OK-6)評が掲載されました(10点満点)。原田さん、どうもありがとうございます。

ご紹介いただきました

『北海道新聞』1月16日夕刊に新譜『真説じょんがら節ー甦る津軽放浪藝の記憶』(off note / Katyusha OK-6)が紹介されました。どうもありがとうございます。

記忘記 note/off note 2020-01-20


日々の泡

朝起きて階下へ降りると、テレビ画面には田崎史郎の大写し(おお、キモッ)。それにしてもこの男は酷い(いまさらだが)。「政治ジャーナリスト」の看板掲げて、内実は「自民党ウォッチャー」をとっくに通り越して「アベ内閣スポークスマン(代理人)」丸出しではないか。政権の「醜聞」が報じられるたびに「解説」と称する詐欺まがいのウソ八百・三百代言を並べて真相を糊塗する、これでどうして報道の公平性を担保できよう。このようななりふりかまわぬ、どぶどろの権力意志の馬脚も露な「御用評論屋」を重宝がり、公共の電波をやたらと浪費して粗悪なデマを垂れ流すこと自体「偏向報道」なのではないか。すわ、マスコミもグルかと疑いたくなるぞ(これ以上、疑われたくなければ即刻この男の出演を打ち切るべし)。目撃された方もきっと多いだろう、今朝もこの政治的下等物件は醜聞つづきの現政権をなりふりかまわず庇って、角谷浩一氏(政治ジャーナリスト)に罵倒され、玉川徹氏(コメンテーター/ディレクター)に嘲弄され、ついには羽鳥慎一氏(キャスタ-)はじめスタジオにいた出演者全員の失笑を買っていたけれども、物笑いのタネになるなんざ厚顔無恥なこの男にとって痛くも痒くもないことで、百も承知・二百も合点なのだ。むろん、ピエロは擬態である。テレビというカラクリ箱のなかで「政治スキャンダル」を道化師か手品師(はたまたペテン師?)よろしく「笑い」(娯楽)に変えてみせれば大衆は溜飲を下げるだろう。それに、その場かぎりの笑いや娯楽にしちまえばそのうちキレイさっぱり忘れてもらえるしね(適度にガス抜きゃフーセン萎むって寸法。大衆、完全になめられてるんだわ)。「能あるタカ」に倣って能ないタカもツメを隠す、醜悪な権力意志を匿しながら体制支配を貫徹する宣伝工作にはピエロの衣裳が打ってつけ、恰好の仮装と云うべきだろうな。いま、転型期中国を凝視しつづけた魯迅の醒めた視線を思い出す。「中国の大衆は永久に芝居の観客です。犠牲が登場する、それが悲壮にみえれば、かれらは非劇を見たわけだし、滑稽にみえたなら喜劇を見たわけであります」「このような大衆に対しては、かれらの見る芝居をなくしてしまうより方法がない。そのほうが、かえってかれらの救済になります」(ノラは家を出てどうなったか)。ヨソの国の話だろうって? この国の話さ。そうおもえないなら君と話をしない。 2020.1.20

※毎度のことながら文章と画像(拾いもの)がまったく無関係でスミマセン。

記忘記 note/off note 2020-01-18


日々の泡

いま、わたしたちは「転型期」を生きているのだ、という想いを日々つよくせずにはいられない。本年冒頭、CDというメディアの寿命があとどれくらいかわからないが、せめて最期を看取ってやりたいという趣旨の雑感を綴った。振り返れば、1970年代後半〜80年代初頭にも「転型期」の風潮はあっただろう。このときはじめて、わたしたちはアナログからデジタルへ向かうメディアの転換点のとば口に立ったわけだが、危機を契機と捉えられず、時代風潮のなかに漂う「終末感」ばかりを嗅ぎ取ったように感じる(リバイバルとしてのポストジャズエイジ・暗い谷間の1930年代)。むろん、このへんは個人的印象であって正確ではない。が、いずれきちんと検証されるべき現代史的テーマであるようにおもう。とまれ、デジタル時代の到来がわたしたちの暮らしに劇的な変化をもたらしたか否かといえばどちらとも言えない。デジタル化の波によって消えた商売はいくつもあるだろう。わたしの身近なところで言えば、活字の写植屋とか製版屋、レコードのカッティングエンジニアなどは要らなくなった。これはほんの一例で、消えた職業はまだまだ数えきれないけれども、失職した人たち(わたしの挙げた職種にかぎって)の大半は業務内容が替わっても相変わらず同じ業界に留まって生計をたてていたのではないかと推測する。カニの横ばいみたいなものだ(なんのこっちゃ)。ここでCDに話を戻すと、同様に音楽を記録するフォーマットがデジタルに変更されたからといって、音楽の内実までは変わらなかったのである。ただ、およそ一世紀近くかけて蓄えられたアナログの尖端技術を一夜にして反故にしてしまったのは残念だったが、この突然降ったようにできた穴ぼこもアナログのノウハウを根気よくデジタルに置き換えることで徐々に埋まっていただろう。そこで導かれる答えは、アナログといい、デジタルといい、所詮は「道具」に過ぎぬということだ。「道具」は「身体」を媒介しなければ機能しないのは理の当然。煮つまった思考を停止してひょいと眺めてみれば、現今のCDも戦前からのSPレコードも共に同一形状をした円盤型ではないか。この形状にアナログとデジタルの差異は認められぬ。レコードが円形状の「円盤」であることの意味は存外に大きい。この円さはなぜ、円筒式蓄音機「フォノグラフ」が用いられず、円盤式蓄音機「グラモフォン」が採用されたか(「レコード事始め」エジソン VSベルリナー、蓄音機覇権争い)の近代史的事象を遥かに超えて(ワープ)、UFOのようにさらにわたしたちの想像を「始原」へと攫い連れ出してくれそうだ(無意識裡の取捨選択、人間は本性において「円融円満」を志向する生きものなのか)。たとえいま、わたしたちがたまさかの「過渡」を生きる過渡的存在ととしても、人間であることに変わりゃしないだろう。だとすれば大仰に考えるこたぁない、次の角(過渡)を曲がってコンビニに行くようにごく自然に、当たり前に振る舞えばいいのかもしれぬ。 2020.1.18

記忘記 note/off note 2020-01-17

 

日々の泡

数日前倉庫の奥から出てきた『天縁 / 玉城一美』[(1997年)を久々に聴いて不覚にも涙がこぼれた。感動の余韻は一向におさまらず、地元マルフクレコードからリリースされたオムニバス盤『普久原恒勇の世界』や『とりみとり作詞集』なんてのも引っ張り出して貪り聴き、ついに涙が止まらなくなってしまった。オキナワにはかつて、唄が庶民の間に息づいていた瑞々しい季節が確実にあったのだ、と。この国にもそんな佳き時代があったが、30年くらい前に途絶えた(喪われた30年!)。いま、「メガヒット」と呼ばれるシロモノが世代間を超えて浸透し世間一般に普く流通しないのは、この現象が偏った層をターゲットにした広告戦略の一環であることを如実に物語っている。オキナワ、本土と同じ徹を踏んでいないか。オキナワには「新唄(み-うた)」といって、琉旋にそれぞれの想いと言葉を乗せた唄が日々新しく生まれるという唄にとって肥沃な土壌があるが、その大地から獲れる「唄の恵み」「島うたの豊穣」が最近とみに減ってきているように感じられる。では、オキナワ大衆のなかに唄が厳然と息づいていたのはいつごろかと考えて、古謝美佐子の『童神』と夏川りみ『涙そうそう』が即座に思い浮かんだ。両曲とも最近のヒット曲とばかり思い込んでいたが、友人の唄者・森美千代さんに『童神』がつくられたのが1997年だと聞いて驚いた。「涙そうそう」がつくられたのは翌98年である。ということは、わたしたちが制作した『天縁』とほぼ同時期なのだな(『天縁』の録音スタジオに古謝美佐子さんと佐原一哉さんが陣中見舞いにきてくださったことをなつかしく思い出す)。たぶん、そのころまでは、唄が向かうべき「大衆像」というのはおぼろながらもかろうじてあったのだとおもわずにはいられない。どうやらこのあたりが一つのターニングポイントであったことはまぎれもなく、わたしはオキナワの唄世界から急速に遠ざかっていっただろう。数年前、作曲家・普久原恒勇先生からいただいた賀状に「最近、歌を作っていない。否、作れない!」とあったのは、いまおもえば、現場からの悲鳴であり切実な訴えだったのかもしれぬ(そのときはまったく気づかなかったが)。たしかに向き合うべき「大衆」はどこにも見当たらぬし、かつて固く結ばれていた唄と巷の紐帯もいまやほぼほぼゆるゆるだからな。それでも、わたしは「肝がなさ節」「島々清しゃ」「御縁花」「思るがな思てぃ」等、珠玉のふくはらメロディを聴けばかならず涙する。万物と同化して唄があることの軌跡。いま、粉々に砕け散った割れた鏡の破片を拾い集め接ぎ合わせてもういちど、あるがままの「大衆」を映し出せねばならないと真剣におもう。その地道な作業の過程にきっと、唄の再生、うたの神は宿るだろう。 2020.1.17

記忘記 note/off note 2020-01-15

日々の泡


島根県松江市在住の歌手・浜田真理子さんより2月4日にリリースされる最新作『MARIKO HAMADA LIVE 2017・2019 vol.2』(カメリアレコード / CAM-2)をご寄贈いただく。珠玉の歌唱が並ぶなか、2003年、イラク戦争に抗議するべくわたしたちが制作した『瓶のなかの球体 / フォークパルチザン』(off note / pn-45)から、拙訳(田中亜矢さんとの共訳)による「リリーマルレーン」も採り上げていただき、感激する。試みにネットで本作を検索すると説明文に「『リリーマルレーン』は白眉」とあり、汗顔の至り。もちろん、白眉なのは、浜田さんの歌唱と黒田京子さん、喜多直毅さんの演奏なのだが、こういうことにはまるで馴れてないのでただやたらと気恥ずかしい。自分のことはともかく、浜田真理子さんの歌唱は掛け値なしに心に響く。ご興味ある方はぜひ、ご一聴くださいますよう。 2020.1.15


去年の年の瀬にテレビショッピングで注文した『広沢虎造 清水次郎長伝』CD16枚組セット(3600円ナリ!)が今朝ようやく届いた。今年の正月はコイツを聴いてひねもす暮らそうとおもっていたのに、すっかり当てが外れた(ナンテマガワルインデショ)。ま、「過度期は遅れてきたものが先頭に立つ」(平岡正明)というからな。どんな予測不不能の番狂わせが待ってるかわかりゃしねえ。そのでんでいけば、ワケもわからず冗談半分で相手方に乗り込んで、ことのついでのように大将首を取ってきちゃった清水の三下奴みたようなのが、来るべき「IT時代のモノガタリ」を牽引しないともかぎらぬ。要は時代の巡り合わせ、廻り舞台がきりきりきりきりと音をたてて回りますかどうか。よし、今年一年は心機一転。せいぜい男を磨いて、この二巻16枚組CDセットに収められた男伊達のものがたりをこれからはじめる「出会いの音楽」のなかで賦活して、ピカピカに輝かせてみせますぜ、次郎長親分。 2020.1.15

記忘記 note/off note 2020-01-14

日々の泡

昨年もっとも残念だったのは、10月に永遠のヴァガボンド・沖至さんと天才・原田依幸いさんとのDUO、初共演を企画したものの、ついに実現できなかったことだ(沖さん、ご体調不良のため)。天才二人の「出会い」を記録して、一枚のアルバムにしたいとおもっていた。波浪が障害に遭うごとに強度を増すのなら、わたしの想いもまた…。いつか叶うだろうか。それとは別に川下直広さんとあたためている、沖至の「記憶を記録する」もうひとつの企画がある。いまは詳しくは書けないが実現すればきっと、沖至の音楽漂浪半生を集約し、その音楽の核心にある「漂泊性」をより顕在化して、「同時代音楽」の基底に孔を穿ち、わだかまるパトスをマグマのように噴出させながら「世界記憶」へと回路を繫ぐ「アラウンド・ジャズ(ジャズ周縁)」の重要な記録となるだろう。そのヒントは『夜の眼 Les Yeux de La Nuit 』このアルバムのなかにある。そう、闇の中の黒い馬は夜の帳の向こうに隠れている。 2020.1.14

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