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記忘記 note/off note 2021-10-27

結婚会見での小室眞子さん怒り心頭の発言は印象深かった。「海外での生活拠点を作ってほしいと望んだのは私」と語り「天皇家の人々の幸を遠くから祈る」と突き放す。そうか、一刻も早く皇籍を離脱してこの国を離れたかったのだな。「人間」としての彼女の生活がこれから始まるのかもしれぬ。

戦後「人間」宣言した瞬間から天皇は象徴という記号になり得体の知れない人間モドキになったってパラドックス。天皇制を賛美する側も異を唱える側も人権という視点を欠いていたのは興味深い。触らぬ神に祟りなし・天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス。現行天皇制自体自体不可侵というより不可思議だけどね。

記忘記 note/off note 2021-10-26

吐く夢

最近クラシックをよく聴く。主に19世紀末から20世紀初頭に登場した音楽家たちの作品だ。音楽が告げ知らせるものは戦争と革命の予感・民族の勃興である。ジャズはそこからの逃走を闘争に変えて実存的だが西欧音楽もまたアンガージュ・歴史の酸いも甘いも噛みしめて実存的だ。どちらにもつよく惹かれる。

この国のフォークソングにとって1970年代は豊穣な季節だった。造反有理の青春が終わりフォークロアが暮らしに根を下し唄の実を熟らせた一期。最近かつての担い手たちがプロテストソングを歌う姿によく出会す。この時季こその異議申し立てに共感するが私的な唄ももっと聴きたい。あの時の夢のつづきを。

今回の「ご成婚」騒動は象徴天皇制の本質をはからずも炙り出しただろう。個人的発言がまるで許されず基本的人権すら一顧だにされぬデクノボーでのっぺらぼうな存在。生身の「人間」を剥奪された制度としての。たしかに天皇家は世界に冠たる非人道一本槍で罷り通るこの国の象徴と呼ぶに相応しい。

記忘記 note/off note 2021-10-25

思案のしどころ

演歌が好きだ。だが昨今の不調は目を覆うばかりだ。まず発声が変わってしまった。コブシに内実がない。機械的にコロコロ回って曲の上を滑ってゆく。次に歌詞の中身がからっぽだ。心の琴線にまるで共鳴しない。歌は時代と共にある。世間が沈み人間ドラマがなければ演歌が輝かないのも道理か。

演歌が大衆に響かなくなった大きな要因は演歌内部のメカニズムが外部世界と同期しなくなったからだろう。ヴァージョンアップすること。そもそも和魂洋才こそ演歌の本領ではないか。藤圭子のブルースを宇多田ヒカルのR&Bに置換しても魂の底の方で通底する回路はきっとある。ここが思案のしどころよ。

頭にできた湿疹がひどいので皮膚科へ。医師から「持病は?」と尋ねられ「先天的視覚障害でここ数年は高血圧。最近は突発性難聴を発症しました」と答えると「ま、皮膚病くらいは治しておこうか」と気の毒そうに慰められる。故林家三平決め台詞が自嘲的に思い浮かぶ「体だけは大事にしてください」。ちなみに病名は脂漏性皮膚炎。

記忘記 note/off note 2021-10-24


はやくてやわらかいもの

政治がその国の民意を作るのか・政治は民意の反映かの議論はニワトリの起源を争うくらい不毛だろう。ポピュリズム・同調を迫る空気の強制力が政治と大衆の合作だとすれば虚妄の囲い内・無物の陣中にオルタナティヴ「異見」の石火矢を絶えず投げ続けねばならぬ。唄・音の合力による異議申し立てこそを。

大工哲弘さんは万感を込めて語る「自分の作品中『ウチナージンタ』『大工哲弘』は格別。特にジンタはオキナワを越え遥か遠くまで自分と唄とを連れ出してたくさんの人と出会わせてくれた」。まさに然り。ジンタは祖たちの声と同時代音楽の合作。この閉塞する時代に今一度ジンタの自由な風を吹かせたい。

BS歌番組で『夫婦春秋』を三山ひろし歌唱で聴く。往年の村田英雄の気っ風のいい歌いっぷりの足元にもおよばぬが懐かしい旋律に「昭和」の記憶が温もりや色彩や匂いを伴って蘇る。無味無臭の現在に夫婦相和す封建制の残滓がやけに眩しい。かつて大衆は封建制を鏡にして自らの姿を映し生き死んでいったのか。うん。擬製の民主主義のこのご時世に気持ちよく封建てのもいいもんだ。

記忘記 note/off note 2021-10-23

ずんばらりん

本作は鈴木勲と原田依幸・二人の天才音楽家「再会」の記録です。二人のファーストンタクト・初共演は1995年極月大晦日のアケタの店での年越しライブ。そのときのDUOは幸運にも「出会いの記録」として『六日のあやめ』という収録時間20分ほどのミニアルバムにまとめることができました。本作は出会いから10年を経たふたたびの邂逅。今回は前回と異なり、ライブ収録ではなくスタジオ収録を選びました。その際、お二人が演奏する前にかならず短い打ち合わせをしていたのがとても印象的でした。とはいえ、お二人が交わしたのは「短めに」とか「今度はちょっと長めにいこう」とか「最初だけ静かにやってみようか」というごくさりげないものでしたが。それはちょうど、時代劇の役者が本番前に殺陣(タテ)を確認する作業に似ているように感じられたものです。とまれ、本作は二人の天才音楽家がそれぞれの身体の記憶の堆積をまるごとぶつけるように挑みかかり、一瞬の間合いで詰め・斬り結ぶ緊迫の真剣勝負を通して、出会いから再会までの互いの時間を確認し、その「空白」を一気に埋めるようにしてなりました。録音終了直後の鈴木勲さんの満面の笑顔は今でも忘れられません。本作に記録された二人の音楽家が繰り広げる身体の記憶のドラマをあなたの五官・第六感を総動員して心ゆくまでご堪能くださいますよう。どうぞよろしくお願いいたします。2021.10.23

記忘記 note/off note 2021-10-22

群集劇「月下の一群」書割

コロナ禍以来三度目のPC故障。今回は前二回よりに重症そうなので修理をあきらめ新調することに。思えばこのPCで拙いながらHPも作れたしSNS交流も活性化した。それだけに愛着がこもり離れ難い。共に暮らす犬や猫が家族であるようにPCもまたモノであっても身体の一部であり相棒であることを知る。

PC新調にあたりまるで様子がわからず詳しそうな友人知人に相談する。当方の寂しい懐具合を慮ってか皆一様に中古品か型落ちの入手を懇切丁寧に奨めてくれる。これぞ人間相互のネットワーク。きめの細やかさは抜群だ。お定まりのネット通販じゃこうは行き届かぬ。そのかわりネットは忖度もしないけどね。

中国へ4回目の出荷。依頼主たちが30代であることを知る。彼らが情報をどこでどう入手するか定かではないが鑑賞眼の的確さに舌を巻く。この国が多くを失った30年の間に彼らが入手したものの大きさに眩暈する。彼らが生まれた頃。私たちは彼らの父母の世代に傅かれ毎夜毎晩飽食に奢っていたのだった。

大工哲弘作品はどれも息が長いが八重山歌謡集『大工哲弘』は不朽の名作だと思っている。本作発表から四半世紀あまり。明年は『大工哲弘Ⅱ』を制作することにした。唄の力はパンデミックの災禍を至福に変え本土復帰50年の時間を異化して現在を未来に繋ぐことができるだろうか。島々を彩に照らす月灯りのように。

記忘記 note/off note 2021-10-16


マッチ一本のモノガタリ

中国へ三回目の出荷完了。魯迅が革命を引き寄せる弾丸として文章を綴ったように同時代の音の力が中国民衆の変革運動に一石を投じ究竟の影響を繋げたらこれに勝る喜びはない。未だ注文数は少ないが星火燎原という革命の方程式もある。一人の心に火を灯せば必ず変革の一波万波を招くことを確信したい。

このコロナ禍で遅ればせながら現代クラシックを聴く快楽を知った。大お気に入りはショスタコーヴィチだが交響曲第五番「革命」第七番「レニングラード」などの勇壮な曲想に陶酔しながらも何故か落ち着かない。そのココロは?砲弾の轟音に怯え逃げ惑う民の姿が脳裏をよぎるから。私には同時に阿Qのバラッドが必要なようだ。

記忘記 note/off note 2021-10-14


いまを急いで過去にしないこと

昔はCDがよく売れた。いい時代だったと過去を振り返り懐かしんでばかりいたら20年経っていた!20年間不遇をかこってってなお音盤制作の仕事にこだわるのはそれだけの魅力と自分なりの使命の自覚があるからだろう。ならば愚痴は言うまい。美空ひばり『人生一路』の心意気でいこう。花は苦労の風に咲く。

2016年逝った写真家桑本正士さんは海外音楽家来日時の撮影も多く手掛けたがピアソラ来日時は楽屋にまでお邪魔したという。その際にピアソラがほじった鼻糞丸めた譜面を失敬してきたそうな。あの鼻糞は何処へ行ったと想像するもマエストロの音楽の感動を阻害するものではない。

「聞く力」を誇るのも困りものよ。一度に十人の訴えを聞いた聖徳太子が意見や異見をどうまつりごとに反映させたか不明だが当時も懐柔や忖度はあったはず。外野の雑音のバカデカさに耳鳴りで意識朦朧・結局何もしないことに落ち着くのが関の山。身内の叱言ばかり聞きすぎて中耳炎にならないようご用心。

記忘記 note/off note 2021-10-13


流れるままに…

ひさしぶりに沖縄音楽・地元マルフクレコードのものばかりを聴いて涙がとまらなくなった。普久原恒勇&マルフク一統の紡ぐ不易流行の律呂と創唱は沖縄の人と風土に馴染んで悠久の相渉譜を奏でる。唄が大衆と共にあることの奇跡。我々が失地に回復せねばならぬもの。もう一度一から学び直そう。

毎日同じ道を歩きながらロバートワイアットの言葉を反芻する「俺は究極のミニマリストだ。何もしない」。彼が車椅子生活者だけに一層哀切に響くが楽天的な言葉もある「何もせず日がな釣糸を垂らしてるのさ」。ならばコロナ河真ん中に小舟浮かべ釣糸垂らして深層から何が浮かびあがるか待つのも楽しいか。

10年ほどまえか。チェロ奏者・トリスタンホンジンガーが某酒場で居合わせた音楽家たちと即興演奏したときのこと。演奏の途中で店主が一言「長いよ」。トリスタンは色をなして猛抗議「音楽は自然に始まり終わるものだ」。花や嵐・行く雲流れる水のごとく音楽もまた現れては消えてゆくものかと覚る。

記忘記 note/off note 2021-10-12

LABOREMUS!

さる方のリクエストで本日よりもう一度オフノート作品をカタログ順に毎日一作ずつ紹介することにした。長引くコロナ禍の中であらゆる既成の価値観が変更を迫られているが変えてはならないもの伝えていかねばならぬものもある。それは同時代の記憶であり音楽・歴史のオフノート。さあ何度でも始めよう。

過日偶然観た『徹子の部屋』での加山雄三氏は印象的だった。昨年発症した誤嚥と小脳内出血による軽度の言語障害で会話は少々もどかしそうだったが「音楽と出会えた幸せ・音楽と共にあることの救いと感謝」を実感こめて語っていた。氏がしみじみ歌う『旅人よ』にはじめて感動する。

又・中国のレコード店から取引の打診。メールを交換して常に感じるのはかの国の誰もが慎み深く友好的なことだ。今さらながら故意に歪められ流通する中国像に違和感を抱かずにはいられない。同様のことは韓国の友人たちとの交流でも感じた。とまれ笑顔で門戸を開いてくれる大人の振る舞いに感謝したい。

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