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off note  DISC AKABANA  Katyusha MISORA RECORDS
〈オフノート/ディスク・アカバナー/華宙舎/ミソラレコード/邑楽舎〉CD通信販売
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記忘記 note/off note 2019-04-23



2004年『未明の歌』をリリース当時、『アックス』誌に掲載いただいたインタビュー記事のテキストです(この頃はやる気満々だったんだなぁ)。いま読み返すと赤面ものですが、まあいいか。A遠の未完成交響詞「こくう物語」を目指して日々鈍根になってゆく感性と身体を怠らず磨きながら日々精進します。 2019.4.23

制作者インタビュー

――翁二氏のCDを制作するに至った経緯をお聞かせ下さい。

ずいぶん前のことですが、知人から鈴木翁二の私家版カセットのコピーをもらいました。それで、はじめて鈴木翁二の歌を聴いたんです。そこで歌われている世界が、わたしの知っている鈴木翁二の漫画作品とあまりに密接に繋がっていることに、とても驚きました。それと、声の持っているインパクトが強烈でした。友人が「まるで犯罪者の声だ」と評したほどです。「犯罪者の声」がどういう声なのか、実際にそんなものがあるのかどうか、わかりませんが(笑)。「ひとさらいの歌だな」と妙に納得したのを憶えています。歌のレベルが、漫画家の手慰みとか余技を遙かに越えていた。わたしはもともと、翁二の愛読者で、いつか鈴木翁二の世界を音楽で表現したいと考えていました。「星の栖家」とか「透明通信」。でも、鈴木翁二の世界を最も音楽的に体現しているのは翁二自身なんです。これはもう、御本人に直におねがいするしかありませんよね。

ーーこのCDには、朗読が約半分収録されていますが、このような形になったのは何故ですか?

最初に聴いた私家版カセットのインパクトが大きかったので、それをそのまま、CD化したいと思いました。カセットは収録時間が短かくて、17分くらいしかない。それではアルバムとして売れない、もうすこし時間を稼ぐ必要がある(笑)。当初、何曲か新録するという案もありましたが、旧録と馴染まない惧れがあるので、新曲は「次回のお楽しみ」にしました。カセットのなかに「マッチ一本の話」の朗読が入っていまして、それで歌と朗読のトーストという構成を思いつきました。単に朗読を収録するのでは「作家の自作朗読」じゃないけど、ブンガク臭が出てしまうでしょう? それで、音楽と朗読のコラボレーションを考えたんです。コトバには、強い訴求力がありますが、オトにはコトバが届かないところに連れて行ってくれる「しなやかさ」、「やわらかさ」があります。カタリとオトの交響で鈴木翁二宇宙に迫りたかったんですね、きっと。

ーー制作中、何か特筆すべきエピソードなどございましたか?

漫画表現の中で鈴木翁二の世界は揺るぎないものですから、それを音楽表現に置き換えていく作業は大変だったと思います。『街道の町』のサウンドトラックを制作した関島岳郎が「映画に音楽をつける作業より難しかった」と言っていました。画が動いている映画と違って、静止した画の奥の方にある、コマとコマの間にかくれている無数の「モノガタリ」を読み込んでいかないとコラボレーションにならない。制作過程でのミュージシャンの苦闘が印象的でした。面白い話しですか? 噂に違わず、鈴木翁二は遅刻魔でした(笑)。でも、すごいのは、そこからの集中力。頭に手拭い巻いて一気呵成にいく。朗読でも何でも短時間で片付けちゃう。翁二作品にあらわれている「力ずく」の感じ。それがビンビン伝わってきた。表現者・鈴木翁二の原質を垣間見た想いです。自分だけの宇宙を造型したいという欲求というか衝動。鈴木翁二ってパンクだったんだなあ(笑)。

ーー歌手・鈴木翁二評をお願いします。

素晴らしいですね。唯一無比の歌手ではないでしょうか。ミュージシャンではありませんから、所謂、音楽的なテクニックは、ほとんど皆無に等しいのでしょうけど。それを補ってあまりある世界観があります。それから、なんと言っても「声の力」ですね。なんか震えていて、一人の声ではなくて、たくさんの人が話しているように聞こえる。しかも、深い井戸とか銀河の果て、どこかとおくから聞こえてくる不思議さがある。わたしたちは翁二の声を人間ディレイと呼んでいます(笑)。声というより「ざわめき」に近い。それに、声にドラマがあります。本来、歌にとって技術なんて関係なかったんじゃないかな。大事なことは、誰かに何かを伝えたいという止むに止まれぬ欲求というか、溢れて尽きぬ想い。それが歌の初志だったと思います。プロの歌手がとっくに忘れてしまったことを鈴木翁二は忘れません。けしてお世辞ではなく、稀有な「語り部」です。

「ウタ唄ウスズキオージ / CD「未明の歌」発売に寄せて」より
アックス40号(青林工藝舎/2004.8)


記忘記 note/off note 2019-04-20-22


日々の泡


明日は『第11回コザてるりん祭』常々参加したいと思いながら今年もついに行けずじまい(『第10回 藤村直樹記念 君こそは友 @京都拾得』参加のため)。沖縄島唄最大のイベントといえば毎秋恒例の日比谷野音で行われる琉球フェスティバルということになろうから、こういう地元密着型のイベントは貴重だ。河内音頭も東京・錦糸町の大盆踊り大会が地元河内の櫓を圧倒的に凌駕してるしね。でもやはり、地の音楽は発火点たる地元が盛り上がらなきゃツマラン。 2019.4.20


昨日20日をもちまして3月より第一期・二期と約一ヶ月半に亘りつづきました『つげ忠男×中里和人 二人展 初原の風景 ー光と闇の間に浮かぶもの』(京都 現代美術製作所・アニュアルギヤラリー)を終了させていただきます。ご来場くださったみなさま、まことにありがとうございました。また、スタッフ・関係者のみなさま、たいへんにおつかれさまでした。風の画房、風の吹くままま気の向くまま。またいつかどこかの街でお会いしましょう。 2019.4.21


昨晩は写真家・甲斐扶佐義さんが営む八文字屋を表敬訪問。つげ忠男×中里和人二人展で伊世話になった現代美術製作所・曽我高明さんも合流。ずっと行きたかったがなかなか行けず今回が初八文字屋。ほんやら洞ゆかりのフォーク歌手たちの裏話、写真の話等々、甲斐さんと初めてゆっくりお話しできてうれしかった。曽我さんの肝煎りで甲斐さんと何かできたらなぁ。 2019.4.22

記忘記 note/off note 2019-04-22



終り、はじまる

昨日『第10回 藤村直樹記念 君こそは友』(京都拾得)大盛況の内、無事終了。歌に包まれた感動的な一夜だった。例年は出演者が多く、各自の持ち時間が10〜15分ほどだったが、昨晩は演者を四組に絞ってのプログラムだったから落ち着いて歌うたい一人ひとり、唄一つひとつと向き合うことができてうれしかった。
トップバッターの小室等・ゆいさん父娘はいつもサービス満点。『風の中で』『お早うの朝』往年のヒット曲から、最近曲『逢いたい』(永六輔作詞の「逢いたい」ばかりを74回繰り返す名曲)まで客席をぐいぐい詩の世界に引き込む。このお二人のデュエットにはなぜか不思議なエロティシズムが漂う(れっきとした父娘にもかかわらず)。余談だが、この日の小室さん父娘は出番直後に福井移動という強行軍。昨晩にかぎらず、スケジュールのご無理を押して10回すべてに出演してくださったお二人のかつての歌仲間への義理堅さには頭が下がる。出番が終わるや否や楽器と荷物を抱えてタクシーに乗り込むお姿に、関係者の端くれとして心の中でそっと御礼を申し上げた次第。
つづく二番手は佐久間順平さん。この人が大向こうを唸らせる弦楽器のオールラウンドプレイヤーであるばかりでなく、すぐれた歌い手であることは知っていたが、こうして歌声を聴くのは久しぶり。一曲目の『最終列車』が歌い出された瞬間、この歌を聴いたのが17歳の高校生たったのを俄に思い出した。41年前だ。 この人の歌にはフォークソングの良質なエッセンスがいっぱい詰まっていて聴き逃せない。永年、名脇役に徹して主役の背中をじっと見つめてきたたしかな審美眼がキラリと光る。とくに、高田渡さんのサボートには欠かせない人だったけれども、この人の唄のなかに溢れるル故人へのあたたかい眼差しに胸が熱くなった。佐久間順平は高田渡の背中と、その背中越しの藤村直樹をこんなふうに見つめていたのだな。高田渡・藤村直樹の「めりけんふぉーく」の継承者はこの人だろうなどとおもいながら、その渋く味わい深い歌声とギター(と、ヴァイオリンの弾き歌い!)にじっくりと耳を傾けた。
10分の中入りをはさんで真打ち二人の登場。豊田勇造さんの歌を聴くのはほんとうに久しぶりだ。わたしが現在、曲がりにも音楽制作者面していられるのも、その原点にこの人の歌があったからだと憚りなく言える。20代の頃、豊田勇造の自主コンサートを主催したのがわが歌狂いの事始め。この日も歌った「大文字」「チャオプラヤ河に抱かれて」70・80年代往年の名曲には当時の記憶がしがらみ、冷静に聴くことができない。聴けばいつでも血が騒ぎ出し魂は震えるのだ。ひさしぶりの元気な歌声から、勇造さんはいまも唄の旅に棲んでいることを確認させていただいた。いつか、豊田勇造が辿ってきたアジア唄旅の軌跡をアルバムにまとめたい誘惑に駆られる。
ラストはやはりこの人、中川五郎さん。一曲30分におよぶメッセージソング『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』に全生命を傾けて挑むような熱演につぐ熱演。歌うほどに水嵩を増し奔流となっ て聴くものすべてを飲み込む凄まじい圧巻のパフォーマンスを目の当たりにして、この人の存在そのものがメッセージなのだと思わずにはいられない。中川五郎さんと同時代を生きられることをうれしくおもう。
この四組のほかにもライブ全編でサポートを努めたラグパパジャグバンドの好演や本ライブのテーマ曲『君こそは友』(藤村直樹作)斉唱をリードした長野たかしさんの友情も特筆に価するだろうが、やはり10年に亘り本イベントを裏方で支えつづけた藤村美幸さんはじめ世話人のみなさん、スタッフの方々の陰徳に心から感謝の意を表したい。
10年かけた関係者の粘り越しがここにきて実を結んだ。いい唄の集いになった。これで終わりなんてもったいない、ここからまたあらたな唄の旅路がはじまるのだ。

藤村直樹さん、同時代の不思議な縁と歌の贈りものをありがとうございます。あなたのことはけっして忘れません。 2019.4.21

記忘記 note/off note 2019-04-19



ボヘミアンの眼

先日、フランス在住の沖至さんより只今制作中の新譜『夜の眼 Les Yeux de la Nuit / 沖至6 』マスターコピー試聴のご感想をいただく。「マスタリングテープ 聴かせて頂きました。\(^o^)/です。僕のTpの音色作るの大変だったと思います。エンジニアの方にもくれぐれもお礼を申し上げます」。こいつはうれしい。ちなみにマスタリングエンジニアはアコースティックの職人・石崎信郎さん。本音源は2015年、博多ニューコンボでのライブ録音だ。個人的には本作リリースが、往々にして中央集権的に収斂されて記録されがちなジャズ通史に対する一地方都市からの痛烈なカウンターパンチになり得るとおもうし、舶来の尖端的音楽・ジャズがこの100年の間にこの国の精神的風土にどう根をおろし泥んだかを推し量る分水嶺にもなると信ずる。謂えばニッポンジャズ100年史、過去・現在・未来の透視が沖至というボヘミアンの「眼」を媒介しておこなわれるのは痛快だ。ジャケット画はスズキコージさんが描き下ろしてくだることに。残すはライナーノートのみか。オフノートより初夏発売予定。

記忘記 note/off note 2019-04-19



 藤村直樹の思い出と同時代のクロニクル

昨年11月に綴った駄文です。いよいよ明日は『第10回藤村直樹記念 君こそは友』(京都拾得)当日。本イベントは2010年に逝ったシングソングドクター・藤村直さん樹の業績を〝いま〟につたえるべく、藤村直樹夫人・美幸さんと生前に親交があった歌仲間たちが中心になって自発的にはじめられたものですが、今年でついに10回を数えます。関係者の間では当初から現在に至るまで「継続は力。とにかく10年はつづけよう」を合言葉にされてきたことは重々承っていますが、今回ようやくフィナーレを迎えるのは外野応援団の一人としてもやはり感無量です。今回のイベントタイトルは中川五郎往年の名盤から取られたとおぼしく「終わり、はじまる」と銘打たれていますが、けっしてこれは「平成」の終わりを告げるものでも「令和」の幕開けを宣言するものでもないはずです。むしろ、この発語には、お上の犯罪的歴史改ざん、千年一日の「レッテル貼り」強要へのプロテスト(異議申し立て)の意志が強く込められているようにおもえてなりなせん。そう、ゆめ忘れてはならない。国家による時間の独占的管理「共同幻想」に、わたしたち同時代のクロニクルを克明に綴って鋭く対峙させてゆくことこそ。いま、ひとつの時代が終わり、また何かがはじまろうとしているのかもしれない、そんな予感を抱きながらも、藤村直樹さんと過ごしたなつかしい夜を思い出しています。  2019.4.19

2010年に逝った京都の唄うたい・藤村直樹さんの関連5作です。藤村さんは関西フォーク草分けの一人です。60年代後半の世界動乱の季節、この国にも澎湃として起こったフォークムーブメントに投じ、若い仲間たちとともにフォークキャンパーズと名乗る不定型のグループを組織、類稀なリーダーシップを発揮して「造反有理」の歌声運動を根底から支えました。また、ソロとしてもフォーク運動の発火点だったURCレコードの最初期に『町工場のブルース』の録音をのこしていますが、これまであまり馴染みのなかったブルーズをこの国の生活者の実感にフィットした唄に仕立て直して紹介しており、ここでも非凡さを発揮しています。
70年代前半、フォーク運動が昂揚から退潮へと向かう中、多くの唄うたいがリタイアを余儀なくされていったように、医学生だった藤村直樹も学園へと戻り、その後は30年におよぶ永い空白期間が訪れます。そして、永いインターバルを清算して制作された記念すべき第一作が『逃避行-めりけんじゃっぷの放浪綺譚』です。本作では藤村さんが嗜好した〝アーリーアメリカン〟フォークロアの数々が、歳月を経てまろやかでコクのある「唄」へと熟成していることを強く感じさせてくれる唄うたい・藤村直樹一世一代の名演です。
また、藤村さんが自らの「空白期」をいたずらに過ごしていたわけではないことを知らせてくれたのが70年代の旧音源を集めて編まれた『アーリーデイズ』です。この間、藤村さんは医業のかたわら、赴任先の和歌山で同志を募ってフォーク村を組織して自主コンサートを開催するなど、ついに唄から離れることなくひたすら地道な活動を展開しています。本作を一聴すれば、フォーク運動で蒔かれた種子が、この時期にこの国の風土に根差したことをご理解いただけるはずです。
さらに最大の問題作『老人は国会突入を目指す』。中川五郎さんは本作でこう綴っています。「働き終えた老人たちにきちんとした保障が与えられるシステムはこの日本で完全に崩壊し、青年だけではなく、人は一生荒野をめざし続けなければならず、老人たちは最後の手段として命を賭けて実力行使にでるというこの歌は、最初はおもしろいとにこにこ笑いながら聞いていても、最後には笑い事ではない事実を鋭く突きつけられ、顔面蒼白となる、何とも恐ろしいものだ。
 ウディ・ガスリーに通じる伝統的なフォーク・スタイルで藤村直樹は『老人は国会突入を目指す』を淡々と歌っているが、その歌の奥には現実と未来とをしっかりと見据える彼の洞察力に満ちた目が光っている。間近に迫って来た、人類が初めて経験する21世紀の荒野での恐ろしい大虐殺(Massacre)の歌を、藤村直樹はぼくらに向かって初めて歌ってくれたのだ」と。フォークの初志を生涯に亘って貫き通した藤村直樹、面目躍如の快演です。
そして最後に『夢』と『君こそは友』。前者は藤村直樹さんのラストコンサートの鬼気迫る熱演を、後者は藤村直樹の死を悼む仲間たちの集いの模様を収めたライブアルバムです。40年後のフォークキャンパーズ。死してなお、藤村直樹の霊はうたうたいの「うたわずにはいられない」魂をいやまして励まし鼓舞しつづけているのでしょうか。
医師にして唄うたい、そして稀代のオルガナイザー、藤村直樹。こういう人がいたことを忘れないでいただけたらとおもっています。2018.11.28










記忘記 note/off note 2019-04-19


日々の泡

外務省が「令和」の英語表現をビューティフルハーモニーに統一する決定をした報道を受けて即座にアナキスト・大杉栄の言葉「美はただ乱調に在る。諧調は偽りなり」を思い出した。かれらにとっての美とは支配秩序にまぎれもなく、伝家宝刀のダブルスタンダード(二枚舌)ぶりをことさらにあげつらうまでもないだろう。そうさ、いつだって秩序ってヤツは排除の論理と背中合わせだからね。いくら美辞麗句に置き換えても醜悪な権力意志は到底匿し仰せまい。いま、わたしたちが真に目指すすべきは制度の向こう側にある「多様性の調和」だろう。息苦しい「令和」の御世にも(だからこそ)音楽・表現にできることはまだまだいっぱいありそうだ。 2019.4.19

記忘記 note/off note 2019-04-18



本日も飽きずに一年前のMEMO。一年前だって今日だって変わらず、五郎さんはどこかでうたっているにちがいない。つい昨日もFBタイムラインに、大阪・新世界路上で満面の笑みを浮かべてギターを弾くお元気そうな一枚を見つけてにっこりしたばかりだ。「フォーエヴァーヤング」の謂いは齢を重ねるごとに若返ってゆくこの人の生き方にこそ相応しい。生涯フォーク歌手・中川五郎は今日も「生きるための歌」をうたいつづける、この事実だけで十分。歌に込めた同時代へのメッセージから大きな勇気を受け取ることができる。五郎さんとはしばらくお会いしてないが、明後日20日になればきっと再会できるだろう(藤村直樹記念 「君こそは友」京都拾得)。ちょうど一年ぶりになるのかな。もし時間がゆるせば、久々にグラスを傾けてゆっくり語り合えたらいいな。 2019.4.18

MEMO ぼくが死んでこの世を去る日 2018

ここ数年の中川五郎さんの精力的な活動には目を瞠るもののがある。ヒマなときに何気なく「友人」たちのFBタイムラインをながめているとかならず、ライブハウスで、ホールで、酒場で、集会所で、あるいは街頭デモで、五郎さんがどこかで歌っている様子にぶつかる。齢六〇を超えてなおも衰えぬ気力、歌に対する飽くなき情熱、その気魄にはただただ圧倒されざるを得ない。端から見れば暴挙にも見えるこの仕儀は、「ネバーエンディングツアー」、命尽きるまでツアーをつづけることを宣言したボブディランに倣ったのだろうか。それともう一人、やはり亡くなる寸前まで歌いつづけて天寿を完うしたピートシーガー(2014年逝去・享年94)の「デンジャラス・ソング」「歌わずにはいられない」精神が脳裏にあったのか。その晩年を訪ねた五郎さんは、フォーク・レジェンドのなおも燃え盛る不屈の闘志に深い感銘を受けたというからその出来事が大きなきっかけになっているのは想像に難くない。五郎さんが歌いつづける理由は他にも求められるだろうが、ともあれ、中川五郎が自身の定命を勘定にいれながら唄の旅に棲んでいるのはまぎれもない。その並々ならぬ決意と潔さが、世代やジャンルを超えて大きな共鳴を呼び、FBタイムラインに溢れているのだ、きっと。そして、中川五郎の歌に対する決意の深さを推し量る格好の一枚として本作はあるとおもう。中川五郎はこのアルバムの中で自身がこれまで辿って来た険しく困難な道のりを振り返り、さらにつづくだろう途を変わらずに歩きつづけてゆくことを思い定めている、何人もの同時代の死を乗り越えて。現在もたゆまず歌いつづける中川五郎にとって、本作は旅の一里塚であったかもしれぬ。が、この道標には中川五郎の行き先がしっかりと標されているはずである。なんと標してあるか、ぜひお確かめいただきたい。中川五郎は歌いつづけてゆく、今日も明日も。『ランブリンボーイ』の一節。「いま祈る 流れ者 あいつに 幸あれと / いま祈る 流れ者 この旅に 幸あれと」2018.1.10


記忘記 note/off note 2019-04-17



毎度毎度で恐縮ですが半年前のMEMO。本作はわが同時代音楽・音盤制作事始めに措かれ、リリースからおよそ28年もの時間が経過しているから当時のことを断片的にしか思い出すことができない。録音前にシバさんと相棒二人・闇のヘルペスの案内で、ドラムス・菊池隆さん営むカレー店(相模原だったか?)を訪ねてとびっきり美味いカレーをご馳走になりながら親しくお話しさせていただいたこと、惜しくも昨年11月に逝去されたテナーサックス・片山広明さんが缶チューハイ二、三本入ったコンビニ袋をブラ提げてスタジオにやってこられたこと、録音作業終了後はプロデューサー・梅津和時さんご紹介の居酒屋(武蔵小金井だったか?)で豪華な舟盛りに舌鼓を打ちながら盛大に打ち上げたこと(メチャクチャ安価で美味かった!)…音楽の内容とは直接関係ないことども(食いもの飲みもの)ばかりがしきりに思い出されるのは当時(いまもだが)ズブの素人だったから仕方ないけれども、ここに掲げた切れ切れの回想が悉くDUB(ドクトル梅津バンド)メンバーの方々としがらんでいることに本作のバックボーンというか、90年代初頭の同時代的心象風景がくっきりと浮かび上がってくるようだ。当時のわたしにとって、DUBを筆頭とする梅津一派が捻り出す音塊は最もラディカルでリアルに響いていたはずである。先行するDENGER(忌野清志郎+DUB)の試行にも大きな刺戟を受けたにちがいいない。リアルジャズの衝迫力をもって、シバが醸すブルーズフィーリングをさらに賦活し、ブルーズインパルスへと転嫁(点火)することが本作制作に課せられた至上命令だったようにおもう。その実現のために梅津さんが揃えてくれた最強布陣は打ち上げの舟盛りよりもさらにさらに豪勢だったことは述べるまでもない。実際に録音作業の間中、駆け出しのひよっこでまだ何も知らないこのおれがこんな贅沢な思いに浸っていいのだろうか、と何度おもったことか。梅津さんら百戦錬磨の手練たちが手を変え品を換え繰り出すめくるめく音群、タフなビートに包まれてしんじつ幸せだった…。ウソかマコトか、その成果は本作を聴いておたしかめいただくよりないが、極私的にはわが同時代音楽の端緒、音楽制作の事始めに「ブルーズ・エクスペリエンス」とでもよぶべき尖端的音楽実験に関われたことは稀な幸運だったと憚らず銘記しておこう。いまいちど、こんな実験ができるだろうか。否、何度でも! 2019.4.17

MEMO 帰還 2018

1992年に制作されたまぼろしのアルバムの覆刻である。
1972年デビュー以来、シバはトラディショナルブルーズを下敷きにしながら単なるコピーに終らず、その土台の上に同時代の心象風景をくっきりとトレースして独自の世界を作り得た真のオリジネイターの一人である。シバはすぐれた歌手であるばかりでなく、三橋誠(三橋乙耶)として70年代の劇画表現に一時代を画した『ガロ』を主戦場に自作品を発表する漫画家でもあったから、そのうたうブルーズにはそこから得ただろう独特の情感が滲む。『ガロ』を彩る作家たちの中でも私小説的作風で知られる安部慎一や鈴木翁二とはまさに同世代の友人同志であり、若き日にアシスタントを務めた永島慎二や、つげ義春・忠男兄弟らの名作群にも大きな影響を受けたようにみえる。漫画表現を従来の「子供向けコミック」から解放し、そこに深い陰翳を刻み「文学作品」に比肩するものにしたのはこれらの作家の粒々辛苦の賜だが、シバは『ガロ』にあつめられた同時代の覚書を自身のブルーズやバラッドのなかに投影して生き生きと蘇らすことに成功した。シバのコトバがいつも映像を伴ってあらわれるのは、漫画執筆で鍛えたこのイメージの喚起力によるものにちがいない。『青い空の日』『コスモスによせる』『夜のこちら』初期3作にはシバのブルーズフィーリングの深化と進化の過程が克明に記録されているだろう。
極私的な回想で恐縮だが、高校生のときに出会った第三作『夜のこちら』には鋭く胸を抉られた。僭越ながら「家路」や「思い出」とりわけ「埃風」にシバという歌手が到達した大きな達成をみたのである。いまでも、これらの唄はわが胸中を離れたことはけっしてない。
そんなわたしがどうして前掲の名盤三作につづく新作に携わるようになったのか、いまとなってはまるで思い出すことができない。たしか、わたしがシバ本人に電話して新作の制作を打診したようにおもうが、それも定かではない。当時のわたしは仲間たちとディスクアカバナーという沖縄専門レーベルを立ち上げ、ネーネーズ『IKAWU』、知名定男『島うた』をリリースしたばかりだったから、傍から見てもシバの新作企画は奇異に映ったにちがいない。でも、わたしの脳裏には「埃風」の唄声が、なぜかつげ忠男「無頼漢モノ」の映像を伴って大きく鳴りつづけていたから、周囲の雑音はまったく耳に届かなかったのだろう。
そんなある日だ、一本のデモテープがシバ本人から届いたのは。もちろん、そこに収められていたのは本作収録の唄たちだったけれども、演奏スタイルは従来のシバ本人のギターとハープだけではなく、直角中根(ギター)と円周率松枝(ベース)、「闇のヘルペス」未知のミュージシャン二人が全面サポートしていたのである。届いたテープを聴き出した途端、ここに並んだ唄たちが「おれたちの身丈に合った音を」と切実に訴える声が聞こえてきた。本人に確認すると「まさに然り」と言う。当時、わたしは音楽家・梅津和時さんと共に沖縄音楽をめぐる新たなプロジェクトに着手しようとしていたからプロデュースを任せたらどうかと考えて、そのことをシバ・梅津双方に確認すると二つ返事の快諾をいただくことができた。とりわけ、直角中根と円周率松枝の二人が喜んでくれたことが印象的だった。二人はわたしとほぼ同年齢、音楽の趣味嗜好もより近かったのである。
とまれ、主に梅津和時さんが揃えてくれた豪華なラインナップで録音に臨むことになった。スタジオに入り、梅津一派のジャジーなブルーズ魂とシバのメタブルーズとがガチンコでぶつかった瞬間、デモテープでは隠れていたブルーズインパルスが火花を散らして烈しく炸裂したのである。焔にガソリンをぶちまけるようなその攻防の態様はディスクに記録された通りだ(乞うご一聴)。
巷間、オーソドックスなフォークファンにとって、オフノート作品はあまり評判がよろしくない、と聞く。その理由を問うと、管楽器を多用するからなんだそうで、フォークとホーン&ブラスは「水と油」と考えるリスナーは少なくないようだ。だが、かならずしも歌い手たちはそうおもってはいない。ホーンがあれば、自身の声をもっと遠くへ届けられるからだ。未だ先入観を棄てきれない方にぜひ本作を聴いていただけたらとおもう。きっと、シバのメタブルーズの身丈に合った衣裳はこれだ!とおもっていただけるだろう。
本作は「楽曲著作権」をめぐって関係者間に感情の齟齬があり、永らく「お蔵入り」の不遇を託ってきたがときの流れと共にそれらもすっかり解消されて、ようやく昨年ふたたび、日の目を見ることができた。「四半世紀ぶりの帰還!」とはその際にわたしがつけたベタな惹句。 2018.8.22


記忘記 note/off note 2019-04-16



未だ懲りず飽きずに一年前の旧稿。三上寛さんは渡辺勝さんの詞と音のありようをこう言いあてた、「マサルの音楽はどこか曖昧でゆらりと浮かんでくるが、驚くほど潔く広大だ」。そう、渡辺勝さんの詞は境界線上に無限かつ夢幻につづく人間存在の葦原のなかをゆゆうらゆらとゆっくり彷徨う。マサルさんの詞がいっかな具象性を帯びず曖昧なのは、つねに日常からの解脱を指向して「異界」との交信を重ねているからにほかならぬ(ゆえにエミグラントの音楽は隠者・遁世者の系譜にダイレクトに接続する)。であれば表現だけではなく、渡辺勝の存在そのものが「マージナル」の一幻像なのだ、そうおもえなくもない。そしてさらに妄想をめぐらす、エミグラントという音の集合はファウスト・渡辺勝の詞の魔法陣に喚びよせられた音の使徒・メフィストフェレスではなかったかと。詞と音の錬金術による「千年王国」か「百年の孤独」かは知らず。が、もういちどだけたしかめてみたい。詞と音が溶け合う地平「無頼平野」を闊歩するエミグラントたちの群影を。 2019.4.16

MEMO 未生音 2018

2001年、オキナワでおこなった二日間のライブの模様を収めた作品。ここに集結したジャンルも世代も拠点も異なる5人のエミグラントたち。思えばこれほど不思議な集いもないだろう。渡辺勝は東京から、川下直広は福岡から、船戸博史は京都からやって来て、そこに地元オキナワの城間和広が合流し、それまで一所不在だった伝説の音楽家・國仲勝男まで加わったのである(なんて非効率なんだ!)。ゆえに、この編成はけっして「バンド」とは呼べない、一個の音楽家の集合なのだとおもう。ならば、一夜かぎりのジャムセッションか、と問われれば、それにもまた素直に頷くことができない。なぜなら、当の音楽に意志が宿り、カタチを変えながらもエミグラントたちの「夢の隊列」は熄まずに延々とつづくことになるのだから。だが、ここで肝心なのは「容れもの」ではなく、「中身」の音楽であるはずだ。わたしはかつて、本編の主役・渡辺勝の紡ぐコトバのありようと、ここで実現した音楽の連関性についてこう綴った。

 ことばとコトバを繋ぐもの。彼の詞にはいつも何かが足りない。ことばはコトバへ至る中間でいつも宙吊りのままだ。コトバの領域。意味を超えた場所。其処こそ彼が紡ぐ詞が渇仰する「響和国」だ。ことばたちはきっと安住の地に辿り着きたくて幾度も飛越を繰り返すが、ずっと向こう。それでことばたちはいつも宙吊りのまま歪な格好を強いられ、アクロバットな様相を呈するのである。
 「響和国」にいとも容易く辿り着ける空想の翼。それが音楽である。今度の楽旅は彼のことばに宙天を自在に飛び廻れる空想の翼を与えたのだろうか。夢の隊列。ことばは連なりながら一目散にあの場所へと向かう。そう、なつかしいあの場所へ。そうだ、オトとコトバが響き合うモノガタリへと昇華しながら。
(ライナーより一部抜粋)

そう、ここで最も重要なことは云うまでもなく、個々の邂逅を超えた「コトバ」と「オト」の出会いであったのである。「未生音=未だ生まれざる音」という発語には、未來に向かって獲得される「音」というより、原初の記憶の底にある言葉ならざる「言霊」や「響き」が多分に含意されているはずだ。「コトバ」と「オト」が異化しながら提示される大きな時間「時の刻」。それこそ、わたしたちが最もあらわしたかったことにちがいない。だとしたら、音楽はけっして終らない。生まれるべきときを待って、夢幻の裡に形ならざるカタチの変転を繰り返し繰り返しているのかもしれぬ。 2018.1.24


記忘記 note/off note 2019-04-15



日々の泡

CDが売れなくなって久しい。本はもっと売れないそうな。ならばこの二つを掛け合わせてみてはどうかと思いついた。最近さる恩人からCDブックの可能性を打診されたのだが同時に記憶の底に大事にしまっておいた企画のいくつかがむくむくと首をもたげてきた。わが同時代音楽CD叢書の契機になるかもしれぬ。

いまや経済的マイナス要素のCDと本を掛け合わせたらプラスに転じるかもと書いたが「CDブックなら巷に溢れてるぜ」という声がすぐ聞こえてきそうだな。そりゃそうなんだがこいつはちとちがうんたな。従来のCDブックを表現場に変えて音と言葉が相乗しながら響き合う創造的空間〈CD×BOOK〉というのはどうか。

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